3時をすぎると、まず行く先の宮崎中央支店の支店長に電話する。

「本日の異動発令でこれからお世話になる目黒です。よろしくお願いします」
「ああ、目黒君だね。期待してるよ」

 支店長の後、同じ電話を副支店長に、さらに課長に、総務担当の女性行員の順番に……一度切ってはまたかけるを繰り返す。順番にまわしてもらえばいいと思うが、無駄に思えるこの作業も銀行の恒例行事だ。

 次の支店にいつから赴任するのかは副支店長同士が話し合って決める。しかし、今回はもう明日と言い渡されてしまった。

 日常業務の引き継ぎもそこそこにまずは飛行機を予約する。

 身重の妻に一緒に来てくれなどと言うのは無理だ。私は単身で宮崎に行くことに決めた。

宮崎への単身赴任から1年後、『10億円融資』が支店長の一声で…

 いつもの独身寮での夕食時だった。

「桜田工業の融資案件、10億円掴めそうなんです」

 諏訪君がそう切り出した。

「10億? 本当かよ?」

 寮内最年長の課長代理・西山さんが食べているごはん粒を吐き出しながら驚く。

 諏訪君によると、桜田工業に足繁く通い、社長の信頼を得ることができ、メインバンクで決まっていた融資案件のうちの半分10億円の貸付をF銀行に分けてもらえることになったというのだ。いつもの暗い夕食の場が一気に活気づいた。

 今月、宮崎中央支店では融資残高の目標にあと3億円足りていなかった。

 営業マンにとって目標達成はミッションである。各メンバーが自身に課された目標を達成することでチーム(支店)の目標が達成される。支店の業績の良し悪しで賞与の査定はまったく変わるし、自分自身の評価も大きく左右される。宮崎中央支店というチームの中で誰かがコケれば、その穴を誰かが埋めなければならない。自分がコケるわけにはいかない。営業マンはどうやったら目標を達成できるのかばかりを考えている。

「目黒、おまえ、融資残高増強の推進責任者だろ。支店全体の融資残高の目標、あとどのくらいだ?」西山さんがそう問う。
「おおよそ3億円足りないくらいかと」
「そうか、諏訪の案件で一発逆転だな!」西山さんの鼻息が荒くなる。