キーボードをたたく男性写真はイメージです Photo:PIXTA

地方転勤は前日に通達。ようやく取り付けた大口融資も上司の好み一つで白紙に。金融庁も厳しく批判する銀行の企業風土はこうして形成された。業界の伝統や上司の機嫌に振り回され続けた苦労の日々を、現役行員が赤裸々に語る。本稿は、目黒冬弥『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)の一部を抜粋・編集したものです。

子どもが生まれるまで1カ月。しかし……『人事異動は突然に』

 銀行の人事異動はほぼ毎月のようにある。大きな異動なら、4月、7月、10月。とくに7月は昇格も影響し、人が大きく動く。200~300人が民族大移動する。小さな異動でも月50~60人。銀行員の宿命とはいえ、引っ越しもたいへんだし、家族がいれば、子どもの転校や奥さんのパートの退職もある。同僚の子どもは小学校を3回転校した。家具は傷むし、異動先で使えない家電の買い替えなど負担は大きい。

 午前9時、支店長からの内線電話だった。今すぐに課長と一緒に支店長室に来いと言う。

 転勤だ。すぐにピンとくる。背広の上着を羽織り、村石課長とともに支店長室に向かう。

「私、もしかして転勤ですか?」

 廊下を歩きながら、おそるおそる課長に尋ねる。

「この時間に呼ばれるなら、そうやろな」

 支店長室に入る。

「目黒、おめでとう。異動だ。九州の宮崎中央支店だ。今と同じ営業だ。前任者は課長代理で、産業調査部に行くらしい。おまえはその後任だ。相当、期待されるぞ。頑張ってこい」

 銀行内で異動は機密情報だ。もし異動の時期や行き先があらかじめわかっていれば、不祥事の隠蔽などがなされる可能性がある。だから人事異動は秘密裡に計画・遂行される。本人への通達も突然だ。

 私にとっても九州への異動は唐突な知らせだった。銀行員になったからには覚悟していることではあるが、このときの私にはひとつだけ気がかりがあった。妻がちょうど臨月を迎えていたのだ。

「あと1カ月で子どもが生まれるんですが……」
「そんなことは知らん。おまえが産むわけじゃなかろう。明日の朝から行け」

 異動先は都市圏内ではない。しかも一度として訪れたこともない場所だ。身重の妻になんと伝えればいいのか。そんなことを考えて呆然としていた。

「ありがとうございました。お世話になりました」

 たとえ思いどおりの異動先でなくても、そう言うのが礼儀だ。

 支店長室から出ると、フロアにいる全員の注目が集まる。

「異動やろ? どこ行くん?」
「宮崎中央支店です」
「へー、おめでとう。よかったな」

 これも、そう会話するのがお決まりである。人事異動の話は瞬く間に行内に広まる。こういう話に限って、伝達スピードはピカイチな組織だ。