スタンフォード大学・オンラインハイスクールはオンラインにもかかわらず、全米トップ10の常連で、2020年は全米の大学進学校1位となった。
世界最高峰の中1から高3の天才児、計900人(30ヵ国)がリアルタイムのオンラインセミナーで学んでいる。そのトップがオンライン教育の世界的リーダーでもある星友啓校長だ。全米トップ校の白熱授業を再現。予測不可能な時代に、シリコンバレーの中心でエリートたちが密かに学ぶ最高の生存戦略を初公開した、星校長の処女作『スタンフォード式生き抜く力』が話題となっている。
ベストセラー作家で“日本一のマーケッター(マーケティングの世界的権威・ECHO賞国際審査員)”と評された神田昌典氏も、
「現代版『武士道』というべき本。新しい時代に必要な教育が日本人によって示されたと記憶される本になる」
と語った本書の要点と本に掲載できなかった最新情報をコンパクトに解説する本連載。
「情報7daysニュースキャスター」や「朝日新聞be on Saturdayフロントランナー」出演で話題の著者が、シリコンバレーの三菱商事ディレクターと対談。日本人が知らない「デザイン思考」とはなんだろうか?
北米三菱商事シリコンバレー支店ディレクター。博士(社会科学)/MBA/修士(工学)
1996年三菱商事入社。宇宙航空機部、自ら立ち上げた社内ベンチャー「ジクー・データシステムズ(株)」を経て金属資源部門に異動。在オーストラリアの資源子会社Vice President等を歴任した後、2016年よりシリコンバレーに駐在。DXプロジェクトやスタートアップ投資を主導するとともに、スタンフォード大学d.schoolで学んだデザイン思考を社内外1200名以上にコーチング
星友啓(以下、星):前回は、時代の最先端を行くシリコンバレーで多彩な活躍をされている吉成雄一郎さんから、「シリコンバレーと日本のビジネスの違い」や学びと働くことをうまく循環させながら仕事に必要な能力を磨き続ける「リカレント教育のすすめ」を伺いました。
今回は、吉成さんが立ち上げメンバーとして関わっている「M-Lab」(エム・ラボ)というイノベーション活動と、吉成さんがこれまでに社内外計1200名以上に教えてきた「デザイン思考」について伺います。
M-Labとは?
星:吉成さんが立ち上げメンバーとして現在も関わっている「M-Lab」について教えていただけますか?
吉成雄一郎(以下、吉成):「M-Lab」はひと言でいうと、三菱商事がシリコンバレー支店内に発足させたオープンイノベーション(企業内・外の技術やアイデアを組み合わせて革新的な価値を創り出すこと)のための活動になります。
三菱商事だけでなく、異業種13社のメンバーが、日々ビジネスのアイデアやスタートアップ企業の評価などについて議論を交わしています。
その活動が面白いということで、ハーバード大学ビジネススクールの授業で事例(ケース)として取り上げられました。
星:素晴らしいですね。「M-Lab」では、具体的にどのような活動をされているのでしょうか。
吉成:活動内容は大きく分類すると、「1.新規事業開発・スタートアップとの協業」、「2.企業変革」、「3.知識・知見・インテリジェンスの共有」、「4.M-Labコミュニティの活性化」の4つになります。
アメリカは新しい技術が生まれる国であり、経済規模も大きく顧客やユーザーも多種多様です。
そんなアメリカで私たちが事例を積み重ねていくことで、日本やアメリカ以外の国でもイノベーションや事業開発のショーケースとして、新しい技術やビジネスモデルの認知を広げてそれぞれの事業に取り入れてもらう活動をしています。
星:なるほど。特に「ここがM-Labの特徴」と思われる点はありますか?
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長
経営者、教育者、論理学者
1977年生まれ。スタンフォード大学哲学博士。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。教育テクノロジーとオンライン教育の世界的リーダーとして活躍。コロナ禍でリモート化が急務の世界の教育界で、のべ50ヵ国・2万人以上の教育者を支援。スタンフォード大学のリーダーの一員として、同大学のオンライン化も牽引した。スタンフォード大学哲学部で博士号取得後、講師を経て同大学内にオンラインハイスクールを立ち上げるプロジェクトに参加。オンラインにもかかわらず、同校を近年全米トップ10の常連に、2020年には全米の大学進学校1位にまで押し上げる。世界30ヵ国、全米48州から900人の天才児たちを集め、世界屈指の大学から選りすぐりの学術・教育のエキスパートが100人体制でサポート。設立15年目。反転授業を取り入れ、世界トップのクオリティ教育を実現させたことで、アメリカのみならず世界の教育界で大きな注目を集める。本書が初の著書。
【著者公式サイト】(最新情報やブログを配信中)
吉成:異業種のいろいろな会社と、同じ方向を向いて一緒に活動している点が大きな特徴です。
私たちのオフィスでは、他の会社の方々の机とも隣り合っています。彼らもオフィス内に入れるようにしているだけでなく、北米三菱商事を含む各社が事前に拠出した資金を共同プロジェクトに投入するなど、バーチャルなジョイントベンチャーのような形で共創活動を加速しています。
失敗を恐れないチャレンジを通じ、日本らしい次世代型のイノベーションをつくろうと考え、このような形を取っています。
社外の方にM-Labを紹介すると、「よくありがちな企業ラボやコンソーシアムかと思っていましたが、ユニークなストラクチャーやプロジェクトなど、他の組織と一線を画して面白いですね」といった声をいただくことが多いです。
星:いろいろな面で、既存の型や決まった枠にとらわれないスタイルだからこそ、多様な活動が生まれているのですね。M-Labのミッションは何でしょうか?
吉成:少し野心的ですが、「自己と自社を変革し、日本企業群を駆動し、日本を輝かせる」というのをミッションに掲げています。
ひと言でいえば、「エンパワージャパン(Empower Japan)」です。
要するに、私たち自身が自らトランスフォームして、日本の大企業のイノベーションをドライブする、そして日本を輝かせたい、ということです。
星:そのミッションを達成するために、特に力を入れている分野はありますか?
吉成:特徴的なのは「人材教育」です。
イノベーションを起こすうえで、人材教育に力を入れるというのは時間も手間もかかりますので遠回りに見えるかもしれませんが、「イノベーターがいないとイノベーションは生まれない」という考えのもと、イノベーターをつくり出す活動を大切にしています。
三菱商事の「イノベーション研修」であり、M-Labの教育プログラムである、イノベーターズ・ラーニング・センター(ILC)では、スタンフォード大学d.schoolが世界的な中心となって広めている「デザイン思考」を中核に据え、毎年4~5回、1週間の教育プログラムを提供しています。
毎回、世界中から年齢層も業種も異なる受講者が参加します。
トライアル含め2018年から実施しており、今年で6年目。多くの卒業生が様々な業種業界でイノベーションの推進役になってくれており、手ごたえを感じています。
革新的なアイデアを生むデザイン思考
吉成:イノベーションは一人の天才が起こすものだと思われがちですが、実際は違います。
訓練をすれば、誰もが革新的なアイデアを生む確率を上げることができます。
そういったアイデアを生んでイノベーションを起こしていくプロセスを体系化したのが「デザイン思考」です。
星:イノベーターをつくり出すという発想はとても興味深いです。
「デザイン思考」のプロセスについて詳しくお話しいただけますか。
吉成:「デザイン思考」は、AppleやGoogle、それにスタートアップ企業といったシリコンバレーのすべての企業で使われている、といっても過言ではありません。
私は「デザイン思考はシリコンバレーのOSで、iPhoneのiOSのようなオペレーティングシステムです」と説明しています。
それぐらい、シリコンバレーでは当たり前なんです。
デザイン思考は、次の5つのプロセス「1.理解と共感 → 2.問題定義 →3.アイデア出し → 4.試作 → 5.テスト」で構成されます。
最初のステップは、顧客やユーザーへの「1.理解と共感」です。
顧客やユーザーの視点に立ち、人々が「どう行動するのか」「なぜそうするのか」にフォーカスすることで、将来のニーズや見えないニーズを掘り起こします。
「2.問題定義」では、理解と共感から得られた問題の本質から、解くべき「問い」を定義して取り組むべき課題を捉え直します。
「顧客やユーザーはこう言っているけど、それって本当はこういう意味なんじゃないだろうか?」といった、今までと違う視点や仮説を持つことで、新しい解決方法につながっていきます。
「3.アイデア出し」で問題解決のためのアイデアを量産します。
ここで大切なのは、チーム内から出てくるアイデアを決して否定しないことです。
顧客やユーザーの将来のニーズや見えないニーズを満たすためには、どんなテクノロジーやビジネスが必要なのか、「ありえない!」と思ったアイデアもしっかり取り込んで、多様なアイデアでどんどん膨らませていきます。
そして、「4.試作」「5.テスト」に進みます。
「4.試作」では、ユーザーからフィードバックを得るために、完成度は低くてもいいので最低限の機能を有するプロトタイプをつくります。
日本人はプロトタイプでも、時間をかけて完璧なものをつくりたがるのですが、あくまでユーザーからフィードバックを得るのが目的なので、すばやく段ボールや紙でつくったり、あるいは、コントのような演技でもいいので、ユーザーにコンセプトが伝えられるかどうかがカギになります。
このスピード感がシリコンバレーらしいところです。
「5.テスト」では、ユーザーに提示・提案してフィードバックをもらうわけですが、「なんか違うなぁ」と、テストの結果が期待していたフィードバックと違っても、謙虚に受け止め、必要あれば「1.理解と共感」に立ち戻り、何度もこのプロセスを繰り返していきます。
自分たちの主観でなく、あくまで顧客やユーザーのニーズや反応に徹底的にこだわることが重要です。
この繰り返しを高速で行っていくことで、徐々に軌道修正され、最終的にユーザーのニーズをとらえたサービスや製品ができていく、というプロセスになります。
星:やはり「デザイン思考」はすごく大事だと強く感じます。
日本でもどんどん浸透させていきたい考え方ですね。
吉成:はい。イノベーションの「解決策」を探るためだけでなく、イノベーションの起点となる「正しい問い(課題)」を見つける手法として、今の日本人に必要な考え方だと思います。
流行りもの好きは日本人のいいところではありますが、「これからは〇〇思考だ!」と、どんどん新しいものに目を奪われてしまっているように思います。
「思考・考え方」は、考え方の軸になるものなので、多くの軸を持っていたほうがいいとは思いますが、流行りすたりがある単なるテクニックではありません。
「デザイン思考」はイノベーションを起こしていくうえでとても役立ちますし、組織の活性化やカルチャー変革にも有効です。
「デザイン思考」を日本国内でもっと広めていきたいと思っています。
星:今後の日本の発展やブレイクスルーのためにも、ぜひますますのご活躍を楽しみにしております。