いま話題の「ディープ・スキル」とは何か? ビジネスパーソンは、人と組織を動かすことができなければ、仕事を成し遂げることができません。そのためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」が不可欠。本連載では、4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します。
今回のテーマは「企画」。会社には、次々と企画を実現できる人と、企画が黙殺されたり、頓挫しがちな人がいます。その「差」は何なのか? 決定的なポイントをお伝えします。(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。
なぜ、「優れたアイデア」なのにボツになるのか?
「優れた企画者」とはどういう人か?
こう聞かれれば、多くの人は「優れたアイデアを考える人」と答えるのではないでしょうか。しかし、これは正解とは言えません。
もちろん、世の中の「不」(「不安」「不満」などの「不」)を解消して、人々に喜ばれる「アイデア」を考えることは、「優れた企画者」である必須条件ですが、それだけでは足りない。その「アイデア」を実現させ、成功させたときに、はじめて「優れた企画者」と呼ばれるのです。
私が、リクルートの”駆け出し企画マン”だった頃、直属の上司から言われた、忘れられない言葉があります。それは、「企(くわだ)て者になれ」という言葉でした。
当時、上司や先輩の指導のおかげで、なんとかそれなりの「企画書」が書けるようにはなっていたのですが、それを起案しても反応こそ悪くないものの、それ以上前に進むことはありませんでした。若い頃の私は、なまじっか「アイデアマン」としての自負心があったがゆえに、「なぜ、ダメなんだ……」と落ち込んだり、イライラしたりしていました。そんな私に、上司は「企て者になれ」という言葉をかけたのです。
「企画」は“かっこいい仕事”ではない
この言葉に、ハッとさせられました。
私は、「企画の仕事は、スマートでかっこいい」という印象をもっていましたが、それがガラリと覆されるような感覚を抱いたのです。
なぜなら、「企てる」という言葉は、「陰謀を企てる」などという使い方をされるように、どこか禍々(まがまが)しいニュアンスがあるからです。あるいは、「企(たくら)む」という言葉もありますが、これも「悪だくみ(悪巧み、悪企)」といった使い方をされます。「企画職」というのと、「企て者」というのとでは、印象がまったく異なってくるのです。
そして、「企て者」という言葉を聞いて、私がまっさきに思い浮かべたのは、時代劇で悪代官と悪徳商人が密談するシーンや、革命家たちがアジトで政権転覆を企んでいるシーンでした。
彼らは、何を議論しているのか? 自分たちの「目的」を達成するうえで、立ちはだかるであろう「障壁」をいかに乗り越えていくか、その「実行プロセス」について考えを巡らせているはずです。
もちろん、その「実行プロセス」は、綺麗事だけでは成立しないのが現実です。自分たちが直面している「現実の裏の裏」まで読んで、きわめてリアルな対策を考えていたに違いありません。それを「企(くわだ)て」「企(たくら)み」というのです。
「泥臭く企てる」=「ディープ・スキル」である
そう考えると、「企画」という言葉の本来の意味が理解できるような気がしました。「企画」とは、理路整然とした事業アイデアをまとめ上げることではない。自分の「目的」を達成するまでの実行プロセスの「設計図」を画(えが)き出す──つまり、「企て」を「画(えが)く」ことを「企画」というのだ、と。
こうした考えに至った私は、その後、新規事業を起案する場面でも、小難しい理屈はいったん横に置き、目の前の現実を直視しつつ起案を通す”泥臭い方法”を「企てる」ことを心がけるようになりました。
例えば、こんなことを考えるわけです。
●あの上司は、データの裏付けのない企画を嫌うから、徹底的にデータを集めよう
●このプロジェクトは営業部に負担がかかるから、起案する前に丁寧に説明して、協力を依頼しよう
●この提案は、他部署の事業とかぶる部分があるから、反対されるかもしれない。他部署の知り合いに感触を聞いておいたほうがいいな
●この事業分野について、上層部はネガティブなんじゃないか? ちょっと探りを入れておいたほうがいいな
こういう「企て」をするようになったとき、ようやく私は、「企画者」としての一歩を歩み始めることができたのだと思います。「優れたアイデア」だけでは、「結果」を出すことはできない。「結果」を出すためには、社内の人々の心理や、組織力学を深く洞察して、いかに組織を動かすかを「企むスキル」を高めなければならないのです。そのスキルを、私は「ディープ・スキル」と名づけたのです。
(本記事は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集したものです)