日本でもファンが多い世界最高峰の楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。実は、その運営手法は音楽界でも極めて珍しい。民主主義を徹底し、演奏プログラムや奏者の報酬を正会員の「投票」で決めている。自ら意思決定を行うことで、180年間さまざまな苦難を乗り越えてきたのだ。渋谷ゆう子氏の著書『ウィーン・フィルの哲学』(NHK出版)から、その成り立ちと実態をひも解いていこう。今回は、曲者の奏者をまとめる楽団長・事務局長の人物像と、両者の仕事内容について解説する。
音楽的にも実務的にも民主的な運営を実現
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、オーストリアの法律に則った非営利団体の「フェライン(協会)」である。その会則に基づき、現在147名の正会員(奏者)全員がウィーン・フィルの運営に参加し、収益が分配されている。
団体の意思決定の最高機関は、全員が参加する総会である。1933年以降、ウィーン・フィルは常任指揮者を立てず、オーケストラがコンサートごとに指揮者を選ぶ方法を採用しており、音楽的な観点からもオーケストラ自身で全責任を負っている。これが彼らの音楽とその伝統継承の重要なポイントだ。
加えて、指揮者や演奏プログラムの選定などの音楽的な面だけでなく、奏者の報酬や決算の承認などの事務的な側面についても民主的に議論され、決定される。正会員全員に総会での投票権1票が付与され、会則の変更などの重要案件は、総会での多数決による厳密な採決が必要とされる。過去には1票差で採択されなかった議題もあったという。
「楽団長」と「事務局長」の存在
日常の実務を担うのは12名の運営委員で、監査委員会も設置されている。
そこに総会の議長職Vorstand(ドイツ語で「代表」の意。日本での慣例的な表記は「楽団長」、英語表記の名刺はchairmanと当てられているが、口頭でpresidentを名乗ることも)やGeschaftsfuhrer(ドイツ語で「ビジネスマネージャー」の意。日本での慣例的表記は「事務局長」、英語表記ではGM、またはCEO)など4名の運営トップがいて、総会の選挙によって選ばれる。
楽団長や事務局長は、指揮者とのコンタクト、コンサートやツアー日程の調整や、プログラムの組み立てなど運営の実務を担う。
指揮者とのコンタクトと聞くと、スケジュールとギャラの調整などの事務手続きを想像するが、それだけでなく楽団長や事務局長らが自らウィーン国際空港に指揮者を出迎えに行くなど、他の楽団ではマネージャーが担うような細やかな業務も行なっている。
筆者も一度、指揮者リッカルド・ムーティと彼の妻をウィーン国際空港に迎えにきていた楽団長を見かけたことがある。ビジネスライクに相手をもてなす所作のようでいて、親しい友人に会える喜びがそこには見られ、奏者がビジネスマネジメントを行なうという彼らの面白さを垣間見ることができた。