実はこの「社会の役に立っていないから、自分は何かをしてはいけないのではないか」という考えは、多くの方が抱えている悩みです。
自分が若い世代と同様に働くことはできないので、引け目を感じたり、体の動きなどが以前よりも衰えるため、「他人に迷惑をかけたくない」などと考えたりする人も多いようです。
ただ、私は「別に誰かの役に立つ必要はない」と思っています。
日本人の行動規範には「他人に迷惑をかけてはいけない」「働かざるもの食うべからず」といった精神が根付いていますが、これは生産性を意識しすぎたがゆえの考え方であって、頑張ってきた高齢者を精神的に追い込む悪い風潮を生みだしています。
いま、世の中全体の流れとして、生産性というものを大切にしすぎているように私は思います。一切の無駄を許さず、生産的で、きちんと理にかなった生き方をするべきだという考え方があまりにも強すぎる。
生産しない生き方でもいいのです。すべての人に相対的な価値をつけて、勝手に「役に立たない」とジャッジする。これはあってはならないことです。
また、いまの高齢者たちは、家族や会社のために身を粉にして働いてきた人ばかりです。それまで頑張ってきたのだから、人生で家族や社会のためではなく、自分のために時間やお金を使う時期があってもいいのではないでしょうか。
何かを生み出していなかったとしても、「自分は役に立たない」などと落ち込むのはやめにしましょう。あなたの人生はあなたのものです。生産性や人の役に立つことだけにお金や時間を使うのではなく、自分自身を幸せにすることを考えて、ぜひお金を使ってください。
あとになってから、「あれがやりたかった」「これがやりたかった」と後悔してももう遅いのですから。
消費する高齢者こそ
日本経済を救う
働いていない人がお金を使うことを「浪費」とみなす人がいるかもしれませんが、資本主義社会においてお金を使うことは、立派な社会参加のひとつです。誰もお金を使わなければ経済は回りません。
日本はこの30年間、ほとんど成長してきませんでした。その理由は、決して生産性が足りないからというわけではありません。むしろ、消費が足りないのです。消費が足りないから経済は回らないし、若い人たちの給与も上がりません。
そういう点で言えば、生産しないのに消費だけする高齢者は、日本にとって大変ありがたい存在です。本来ならば、経済学者の人々は高齢者の存在をもっと大切にするべきで、積極的に高齢者がお金を使いたくなるようなしくみやサービスをもっと整えてほしいと私は思います。
『90歳の幸福論』(扶桑社)和田秀樹 著
むしろ、消費者として、高齢者はもっと発言権を持ってもいいはずです。世界に先駆けて最も高齢化が進んでいる先進国である日本は、今後、世界の高齢者に関する産業をリードする存在になれるはずです。
高齢者が積極的に消費し、現状のサービスやモノに意見を提唱することで、より高齢者にとって使いやすい商品やサービスが生まれるかもしれません。なかには、ご自身の声から、世界中の高齢者たちが利用するようなサービスや商品が生まれる可能性もあるでしょう。
お金を積極的に使って、気になるところがあれば声を上げる。または、ご自身の欲しいサービスや商品に対して、積極的にアイデアを出してもいいかもしれません。







