DX実現へのロードマップ古嶋十潤(ふるしま・とおる)
コンサルティング会社やスタートアップのIT系事業会社を経て、2022年12月に株式会社cross-X(https://crossx-10-tf.com/)を創業し、現職。コンサルティング会社在籍時にはパートナーとしてデータ・AI戦略プロジェクトの統括を担い、日系大手企業を中心にデジタル・DX戦略を推進。IT系事業会社在籍時には執行役員・本部長等として経営・事業マネジメントや東証マザーズ上場、資金調達を経験。現在は創業したcross-Xで、大企業のDX推進アドバイザリーやDX人材の育成支援等を担う。京都大学法学部卒業。著書に『DXの実務――戦略と技術をつなぐノウハウと企画から実装までのロードマップ』(英治出版、2022年)

ChatGPTに
どう対峙するか

 本連載の第1回から第9回まで、DXの実務についてDX戦略、課題解決、データ基盤、AIモデル、さらには機械学習システムなど、幅広いテーマを解説してきました。最終回となる10回目は、これまでの解説を踏まえ、DXの実務を推進するために必要な組織と人材について解説します。

 早速本題に入りたいところですが、その前に、昨今頻繁に議論となっているDX人材の「人材要件」について、私の問題意識を提示させてください。

 昨今のDX人材に関する人材像や要件定義の型としては、スキルごとのレベルを分け、レベル1からステップアップしていくような形式が主流のように見受けられます。そして、例えば下図のように、縦にスキル要件の「カテゴリー」を示し、横に「レベル分け」した要求内容や育成方針が整理されている「スキルマップ」が、多くの企業で作成されていることと思います。

 これらを作成する際は、中期経営計画や経営戦略、DX戦略、事業計画、人事ポリシー、事業内容理解など、膨大な情報を整理しながら考察が進められ、関係各所を巻き込んだ非常に大掛かりな取り組みになることが通常です。

 しかし、まさにこの点に対して私は危惧し、各方面で警鐘を鳴らしています。そもそも、“DX人材の要件定義”なるものが、計画的かつ精緻にできるのでしょうか。

 例えば、現在世界中を震撼させているChatGPTは、その用途の汎用性から、指示した機能を実現するプログラムコードの生成や、Open AI APIをスプレッドシートのような表計算ソフトで呼び出し、関数を用いてタスクを自動化するなど、アイデア次第で幅広い業務を自動化することが可能です。

 この点、ChatGPTの精度について「まだまだ人間のレベルではない」といった類いの指摘もありますが、そもそも「モデルとデータ量を“大きく”するほど精度が高まっていく」ことが実証されているのが、GPT-nシリーズの驚異的な特徴です。

 現時点で既に驚愕(きょうがく)の精度を誇るChatGPTは、ユーザーの利用・フィードバックを得ることで、今後は指数関数的に精度が向上していくことでしょう。それは、そのアーキテクチャーや数理モデルなどの技術面を理解していれば容易に想像がつきます。現時点での精度をやり玉に挙げていることは、的外れな指摘だと言わざるを得ません。

 また、画像生成AIとして世界を驚かせているMidjourneyは、例えば “Cat and dog spacewalking in space"のような、現実世界であり得ない情景をテキスト文で書いても、驚愕の精度でAIがビジュアル化し、画像を出力します。アイデアの数だけ、幅広い活用方法がある強力なソリューションだと言えます。

 ChatGPTやMidjourneyのようなAIは、多くのスタートアップやIT企業が、まさに作りたいと考えていたようなソリューションではないでしょうか。それが、現在の世界では誰でも利用可能となってしまいました。

 では、DXに取り組む私たちのスタンスとして求められるのは、これに類する、あるいは超えるサービスを負けじと作るのか、それともこれらを活用して自社独自のDXを推進するのか、どちらがよいと考えるべきでしょうか。

 前者を実現するには、Transformerを超えるレベルの基礎技術を開発するか、あるいはTransformerを応用したより効率的かつ高精度を実現する深層学習モデルを考案するか、もしくはさらに巨大なデータセットを準備して学習させるか、といったアプローチになるでしょう。とはいえ、そのようなことが実現可能な企業が、世界にどれほど存在するのでしょうか。

 後者の場合は、新技術が登場するたびに、技術検証を行い、取りあえず使ってみるという意識と行動が欠かせません。ただし、このような取り組みは計画重視の事業プロセスや予算制約などで始めづらい状況が、特に大手企業で見受けられます。

 私は、両者はトレードオフの関係ではなく、「使えるものは使い倒す」というスタンスが適切だと考えます。つまり、独自の技術開発には果敢に挑みつつ、革新的技術の登場を機敏に察知し、それを活かせば実務をどう改善・強化できるか考え、行動を続けるということです。この考察と行動の「幅」と「深さ」は、一朝一夕に磨かれるものではありません。

 例えば、ChatGPTは、世の中の何を変えてしまうのでしょうか。この点を少し掘り下げてみましょう。

 ChatGPTの登場によって、これからかつてないほどの革新が起こるのは「情報検索」です。先日、Microsoftが提供する検索エンジンBingに、ChatGPTの機能が実装されました。利用してみれば分かりますが、これは長らくGoogleが覇権を握っていた「検索」という領域の概念を覆す出来事であったと、私は考えます。

 Google検索を含む従来の検索システムの課題として、「ユーザーの『検索意図』を推測し、最も好ましいコンテンツを検索結果の上位に表示したい」という論点があります。

 しかし、考えてみるとこの根本的なボトルネックは、「検索意図が適切に理解できたとしても、それに合致するコンテンツ(Webページなど)がなければ、検索意図に近いコンテンツから順番に並べるしかない」ということです。検索したユーザーは、その検索結果を上から順にクリックし、各Webページを読み込みながら、知りたい情報を探すことになります。

 一方、前述のBingに搭載された機能は、「検索意図に沿ったコンテンツがあろうとなかろうと、ユーザーの欲しい情報を全部作ってしまえばいい」という「逆転の発想」とでも言うべきものです。今後、情報検索の世界は確実に、大きく変化していくことでしょう。

 なお、現段階のChatGPTやBingのチャット機能で出力される結果には、事実と違う記述が混在していることは確かです。ここは、使い手である人間側が、いかに創意工夫を凝らしていくかが重要です。不完全ではあるものの、人類史上比類ないAIであることは間違いなく、活用しない手はありません。

 さて、こういった新技術にアンテナを張り続け、実務で活用を試みている人材は、各社にどのくらい在籍しているでしょうか。

 特に、DXの推進をうたっている企業において、こういった先進技術が実務の中でどのくらい話題となり、活用が模索されているでしょうか。

 この点から組織内を観察してみれば、DXを推進するための適性がどの程度備わっているか、非常に良いセルフチェックができます。