地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』(王立協会科学図書賞[royal society science book prize 2022]受賞作)は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、西成活裕氏(東京大学教授)「とんでもないスケールの本が出た! 奇跡と感動の連続で、本当に「読み終わりたくない」と思わせる数少ない本だ。」、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者からの書評などが相次いでいる。著者ヘンリー・ジーが熊本大学で行った特別講義を連載でお届けする。(翻訳/竹内薫)

【科学雑誌「ネイチャー」編集者が教える】大量の論文を「素早く読む」ために必要な1つのコツとは?Photo: Adobe Stock

新人編集者の悩み

 ネイチャー誌の新人編集者にとって最初の大きな試練は、以前、所属していた研究所の主任研究員の論文をどうリジェクトするかを学ぶことです(笑)。

 これは常に大きな問題です。私はそんなに悩む必要はありませんでした。競争力のある大きな研究所にいたわけではありませんから。

 毎年、私だけで、500から700の新しい論文を見ています。しかも、本当に素早く目を通さなければならないのです。編集者は、時間をかけることができない。

 なぜなら、おちおちしていると、次々と送られてくる原稿に埋もれてしまうからです。

 経験豊富な有名編集者の1人として私は、生物学の分野では今やほとんどのものに目を通すことができます。

必要なのは決断力

 しかし、私の同僚の中には、いわゆる「雪だるま式」に論文が増えていく人もいます。新型コロナの下では特にそうです。残念ながら、女性の編集者が多く、育児に追われ、新型コロナのために子どもが学校を休んだりして、対応に苦慮しています。

 とにかく、編集者として何が必要かというと、早い決断力です。

 筆者が伝えたいことは何なのか? 新しい進歩は何なのか? なぜこれまでと大きく違うのか? そこで私は、参考文献を調べ、PubMedやGoogle Scholarを閲覧し、新しい研究が既存の研究とどのように整合するかを把握します。

 そして、多くの場合、それはどこかで発表しなければならないような興味深い発見であることが多いのです。

11秒で相手のことがよくわかる

 しかし、必ずしもネイチャー誌に掲載される必要はありません。ネイチャー・コミュニケーションズやネイチャー・エコロジー&エボリューション、ネイチャー・ジェネティックなどの雑誌に掲載されるかもしれません。

 1つの論文に平均、30分くらいはかけないといけないと思います。

「インタビューするとき、インタビュアーは11秒で相手のことがよくわかる」と言いますが、私がよく知っている分野では、論文の冒頭の要約を読んだだけで、それがネイチャー系の論文かどうかがわかるのです。

 それ以上読まなければならない場合は、たいていの場合、問題があることを意味します。深く掘り下げなければならないことが結構あります。だから、私が本当に注意するのは、要約、参考文献、図表です。これらに全てが集約されています。

科学者の原稿を読むときに気をつける点

 私たちはすべての論文を読んでいます。なぜなら、科学者というのは、自分の原稿の一番いいところを宣伝するのがとても下手だから(笑)。科学者は集中し、献身的に、世界の小さな側面に毎時間を費やしているのです。

 ここで、一例を挙げましょう。

 私たちは、科学的考古学と人類史に強い興味を持ち始めています。たとえば、新しい科学的手法を使って、デンマークにバイキングが定住した年代を特定した論文があります。ネイチャー誌に載せるには充分な内容でした。そこで、その分野で同じような研究をしている人に連絡を取りました。

 すると、「バイキングが北米にいた正確な年代を示す論文を入手した」と連絡がありました。「ちょうど1000年前です。しかし、あなたがこのような論文に興味を示すとは思いませんでした」と言われました。

エキサイティングな部分は隠されている

「えっ? それは素晴らしい。送ってください」と返しました。彼はその論文を送ってきました。

 それは本当に興味深い論文でした。しかし、彼はその価値に気がついていなかった。これは、科学者が自分の論文が本当にエキサイティングだとは思っていないケースです。

 もし私がアブストラクト(論文の要約)を読んで、それほど刺激的でないように見えたら、「科学者が刺激的な部分を3ページ目の最終段落に隠してしまったのだろう」と推測するわけです。3ページまで読み進めると「私たちが行ったのは、こちらの方が他よりも優れていることを実際に証明したことです」と書いてある。これこそ、原稿のもっともエキサイティングな部分です。

※本原稿は、2022/9/2に熊本大学国際先端医学研究機構で開催された第19回「SCIENCE and ME」の著者講演を元に、再編集、記事化したものです。

協力:熊本大学国際先端医学研究機構(IRCMS)

【科学雑誌「ネイチャー」編集者が教える】大量の論文を「素早く読む」ために必要な1つのコツとは?ヘンリー・ジー
「ネイチャー」シニアエディター
元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。一九八七年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。このたび『超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)を発刊した。本書の原書“A(Very)Short History of Life on Earth”は優れた科学書に贈られる、王立協会科学図書賞(royal society science book prize 2022)を受賞した。
Photo by John Gilbey