猫はなぜ高いところから落ちても足から着地できるのか? 科学者は何百年も昔から、猫の宙返りに心惹かれ、物理、光学、数学、神経科学、ロボティクスなどのアプローチからその驚くべき謎を探究してきた。「ネコひねり問題」を解き明かすとともに、猫をめぐる科学者たちの真摯かつ愉快な研究エピソードの数々を紹介する『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』が発刊された。
養老孟司氏(解剖学者)「猫にまつわる挿話もとても面白い。苦手な人でも物理を勉強したくなるだろう。」、円城塔氏(作家)「夏目漱石がもし本書を読んでいたならば、『吾輩は猫である』作中の水島寒月は、「首縊りの力学」にならべて「ネコひねり問題」を講じただろう。」、吉川浩満氏(文筆家)「猫の宙返りから科学史が見える! こんな本ほかにある?」と絶賛された、本書の内容の一部を紹介します。

アインシュタインが「奇跡の年」に発表した3つの論文とは?Photo: Adobe Stock

奇跡の年

 一九〇五年、大きな衝撃が科学界に走り、物理に対する我々の考え方が永遠に様変わりする。その年、当時は無名だったアルベルト・アインシュタインという特許事務官がドイツの学術誌『アナーレン・デア・フィジク(物理学紀要)』で三本の論文を発表し、そのいずれもが物理学の新たな分野の礎を築く。

 いまではその三本の論文は、「奇跡の年」の論文と呼ばれている。

 一本目の『光の発生と変換に関する発見的観点について』は六月九日に掲載された。その中でアインシュタインは、金属板に光を当てると電子が飛び出してくる、いわゆる「光電効果」に説明を与えようとした。

 そして、光は波動として振る舞うことがすでに実証されていながらも、光電効果を説明するには光を粒子の流れとして考えざるをえないと論じた。

ノーベル賞を受賞

 この「波動と粒子の二重性」は、いまでは量子物理学の基本的特徴となっている。このテーマの研究でアインシュタインは一九二一年にノーベル物理学賞を受賞する。

 一九〇五年の二本目の論文、七月十八日に掲載された『熱の分子運動論によって求められる、静止した流体中に浮遊する微小粒子の運動について』は、湯の中で小さな粒子が一見したところランダムに揺れ動く、「ブラウン運動」と呼ばれる現象に説明を与えたものである。

 アインシュタインは、その粒子とそれを取り囲む見えない水分子との衝突によって、この奇妙な運動を説明できることを示した。これにより、物質はばらばらの原子や分子からできていることが最終的に裏付けられた。

 驚くなかれ、二十世紀に入ってもいまだに原子の存在を疑う人たちがいたのだ。

もっとも有名な論文

 アインシュタインが一九〇五年に発表した三本目の論文『運動する物体の電気力学について』は、九月二十六日に掲載された。三本の中でももっとも有名な論文で、空間と時間に対する我々の見方を一変させる「特殊相対性理論」を初めて示したものである。

 この研究の意義を理解するには、歴史的背景を少々踏まえておかなければならない。

ガリレオの説明

 ガリレオ・ガリレイにさかのぼる物理学の基本原理の一つに「相対性原理」というものがあり、それを単純な形で表現すれば、「運動状態にかかわらずすべての観測者にとって物理法則は同じである」となる。

 ガリレオは一六三二年に著した『二大世界体系に関する対話』の中で次のように説明している。

 大きな船の甲板の下にある主客室に友人と閉じこもって、ハエやチョウなど小さな飛翔動物を何匹か持ち込む。水を張った大きな鉢の中に魚を入れる。

 瓶を吊して、下にある大きな器に水が一滴ずつしたたり落ちるようにする。

 船が動いていないときに入念に観察すると、小動物が船室のどの壁に向かっても同じ速さで飛んでいることが分かる。魚はどの方向にも同じように泳ぐ。水滴は下の器の中に落ちる。

動いているのか、止まっているのか

 友人に向けて何かを投げるとき、距離が同じであれば、ある方向よりも別の方向のほうが強く投げなければならないということはない。

 両足で幅跳びをしたら、どの方向にも同じ距離だけ跳べる。これらの現象を入念に観察したところで(船が静止しているときにいずれもこのようになることは疑いようがないが)、船を好みの速さで走らせ、その動きがあちこち変動せずに一定になるようにする。

 すると上記の効果はいっさい変化しないし、そのいずれからも、船が動いているのか止まっているのかを知ることはできない。

 幅跳びをすれば、床の上を先ほどと同じ距離だけ跳べる。さらに、たとえ船がかなりの速さで進んでいて、あなたが空中にいるあいだに下の床があなたの飛んだのと逆方向に動いたとしても、船尾に向かって跳ぶほうが船首に向かって跳ぶよりも遠くまで跳べるなどということはけっしてない。

 友人に向けて何かを投げるとき、友人が船首と船尾のどちらのほうにいて、あなたがどちらのほうを向いていたとしても、友人の手元に届かせるのに必要な力は変わらない。

 水滴が空中にあるあいだに船はかなりの距離を進むが、水滴は最初と同じく器の中に落ち、船尾のほうに外れてしまうことはない([1])。

船の中でテニスをすると?

 ガリレオが気づいたとおり、船の底のほうに籠もっている限り、どんな実験をしようが、船が停泊しているのか一定の速さで進んでいるのかを判断するのは不可能だ。

 歩く動物も泳ぐ動物も飛ぶ動物も、船の動きを知ることはできない。

 たとえば進んでいる船の中でテニスをしたとしよう。多くの人は、船が前方に進むことでテニスボールが船の後方に流されるのだから、船首に近いプレイヤーのほうが有利だと思うだろうが、その直感は正しくない。

 ボールはあたかも船が港に停泊しているかのように振る舞う。どんな物理実験をおこなっても船の動きを判断できないのであれば、一定の速さで運動しているどんな観測者にとっても物理法則は同じであるはずだ。

(本原稿は、グレゴリー・J・グバー著『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』〈水谷淳訳〉を抜粋・編集したものです)

【参考文献】
[1] Galileo, Dialogue Concerning the Two Chief World Systems, pp. 186-187.