「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした『武器としての組織心理学』が発売された。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授だ。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした画期的な1冊だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。(初出:2021年10月27日)

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

上司が部下に相談する

 一度ギクシャクしてしまった上司と部下の関係を軌道修正するには、精神的に多大な労力が必要になります。

 このままではいけないと思ってはいても、上司にも部下にも変なプライドや意地があって、なかなか現状を打破できないままでいることも少なくないはずです。

 それでも、上司が何とかできないかと思い立ったとき、効果が期待できる対応が何かないものでしょうか。

 その答えは、部下に仕事上の相談を持ちかけることです。

 これは、上司が部下からのサポートに重要な意味があると認識しており、部下の建設的な意見を意思決定内容にも反映させていくことをほのめかした戦略です。

上司から相談される部下ほど、同僚を助ける

 アメリカのリーダーシップ研究者スパローたちの分析結果によると、たとえその上司との関係性が悪くても、上司から相談を受けている頻度が高い部下ほど、職場の仲間たちを頻繁に手助けしていたのです。それが、自分の担当とは直接関係のない仕事であっても、です。[1]

 上司からの相談が、疎遠な部下の協力行動を生むのはどういうことなのでしょうか。

 相談は、とても謙虚で戦略的な行動なので、「相談しようと思える部下なら、はじめからこんな関係にはなっていない」と、プライドの高い上司は気が進まないかもしれません。

 ですが、相談には、部下自身を自然な形で仕事にコミットさせ、建設的な意見を引き出す機能があります。

 加えて、上司からの相談は、職場における当該部下の再評価であり、上司に一目置かれた立場であることを周知させることもできます。

 人は誰かに頼られて悪い気はしないものです。ましてや、評価者である上司に頼られ、自分の意見が意思決定に反映されるとなったならばなおのことでしょう。

 メンバーの一人として尽力してもらうことが、その部下にとっても職場にとっても大切であるならば、部下の強みを探し、自尊心をくすぐってやることもリーダーに期待された役割の一つです。

 人の悪いところや足りない部分を積極的に探したところで、リーダー自身の前向きな采配や創造的な仕事につながるわけではありません。

 もやもや、もやもや……と悩みつつ、時には一歩引いてみることができるかどうかも、どうやらリーダーとしての力量が試される部分のようです。

上司が絶対に見せてはいけない言動

 さて、関係性の悪い部下に対して、上司がとってはいけない戦略も見つかっています。

「この仕事には社運がかかっているんだ。君が力を注ぐだけの価値ある仕事だよ」

 と語ることや、

「君が私の頼んだ仕事をしっかりやってくれたら、そのときには考えてみるよ」

 と交換条件をつけることです。

 これらはどちらも、部下に「上司の不誠実さ」を感じさせてしまう言動です。

 部下は上司が思っている以上に上司のことを冷静に見ています。

 ですから、これらのやり方で対応したならば、仲間どうしの協力行動に影響し、職場はますますギクシャクしてしまいます。

脚注[1]Sparrowe, R. T., Soetjipto, B. W., & Kraimer, M. L.(2006). Do leaders' influence tactics relate to members' helping behavior? It depends on the quality of the relationship. Academy of Management Journal, 49(6), 1194-1208.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)