「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした『武器としての組織心理学』が発売された。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授だ。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした画期的な1冊だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。
発言力はどうすれば高められるのか?
組織に属する人には、3つのオプションがあると言ったのは、政治経済学者のハーシュマンです。
・「離脱(組織のメンバーであることをやめること)」
・「発言(組織のメンバーとして声をあげて、組織を改善に向かわせること)」
・「忠誠(組織への関わりの程度を強めること)」
の3つです。
ハーシュマンによれば、強く忠誠心を抱く人ほど、離脱を決意するまでの間に工夫を凝らして発言を行使すると言います。
このような人は、離脱することを心ひそかに、でも確かな選択肢として携えながら発言するのです。
そのような覚悟を持った部下から(離職をちらつかせて)発言されたならば、“ふつうは”上司も組織も動揺し、何らかの対応をせざるを得なくなるはずです。
つまり、忠誠は発言力を増すために必要な行動だというわけです。
このことは、部下の立場にある人が心すべき留意点も教えてくれます。
それは、どんなに良い議論を持ちかけたとしても、それが自分自身の売り込みや自分の立場を有利にしようとする利己的な動機をちらつかせるものなら、期待する成果は得られないということです。
ハーシュマンは、「発言は『利益の言明』として認識されることもある」と言います。
もし、組織や仲間を思う気持ちがなく、自己利益を守るための発言だと上司に認識された場合には、上司のあなたに対する心証は悪くなり、あなたが期待するような結果に至らなくなります。
発言や議論が意味を持って上司に聞き届けられるのは、自分のためであることに加えて、仲間や同じ境遇にある人(の苦しみの排除)のためにもなることが意識されているときなのです。
特に、「パワー動機」の強い上司の場合には、部下の利己的な動機に刺激されて、悪影響を生じさせやすくなるので要注意です。[1]
パワー動機とは、地位や能力の面で他の人よりも優れていたいとか、価値あるものを誰よりも先に自分が手にしたいと思う欲求のことです。パワー動機が強い上司は、自分と同じようにパワー動機が強そうな部下を冷たくあしらう傾向にあります。
衰退している組織のマネジャーに共通する3つの行動
上司にしても、忠誠心のある部下から意見されたら、ふつうはそれなりの認識と対応をすべきところです。
ところが、事態を適切に捉えられない上司は、組織が衰退に向かうようなことをするのです。
・「黙殺(発言を無視する)」
・「惰性(ルーティン・ワークをあてがう)」
・「排除(組織から追い出す)」
管理職者層は、組織の衰退に直面したときにこれら3つの行動パターンを示します。[2]
部下の想いを十分に理解せず、善処どころかこれら3つの行動をとっていることはないでしょうか。
上司の立場からは、部下がどのような影響戦略を用いているかを見るだけで、その部下の特徴、例えば、組織や仕事に対する部下の認識や信念、目標を知ることができます。
また、自分のリーダーシップのスタイルが部下にどう見られているのかも推測できます。
このような内省する力は、組織が衰退に向かうことを食い止めるために必要な自助努力です。
優れたリーダーに求められることは、ふつうは認識できる感覚を持って、リスクを負って発言しなければならなかった部下たちの心情を推し量ることなのです。
脚注[1]Urbach, T., & Fay, D. (2018). When proactivity produces a power struggle: how supervisors’ power motivation affects their support for employees’ promotive voice. European Journal of Work and Organizational Psychology, 27 (2), 280-295.
[2]洞口治夫. (2018). ハーシュマンの組織論と企業マネジメントの権力構造. 経済志林, 85 (4), 381-402.
(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)