君の量子的コピー

 君そっくりのコピーを作るためには、どれだけの量の情報を記録しないといけないんだろう?

 身体の中にあるすべての細胞の場所とタイプ、つながり方がわかれば十分なの? 全分子の位置と向きもわからないといけないの? それとももっと深入りして、全素粒子の量子状態も記録しないといけないの?

 身体の中の素粒子はそれぞれ、ある量子状態を取っている。

 量子状態を見ると、その素粒子がどこにいそうか、何をしていそうか、ほかの素粒子とどんなふうに関係していそうかがわかる。でも何をしていそうかしかわからないから、どうしてもある程度の不確かさがある。

 その量子的な不確かさは、君を“君”にしている大事な要素なんだろうか? それともそんなちっぽけなレベルのことは、記憶や反応のしかたみたいな大事な事柄には影響しないんだろうか?

 ちょっと考えた限り、一個一個の素粒子の量子状態が違っていても、君が君かどうかは変わらないんじゃないの?

 たとえば君の記憶や反応を記録しているニューロンや神経連結は、素粒子に比べるとものすごく大きい。そのスケールだと、量子のゆらぎとか不確かさとかはほとんど均されてしまう。

 身体の中にある何個かの素粒子の量子状態がちょっと変わったところで、違いがわかるもんなの?

 こんな問題についてくどくど語るのは、物理じゃなくて哲学の本のほうがいいのかもしれない。

 とはいえありえる答えをいくつか考えてみよう。

君はそんなに量子的じゃなかったとしたら?

 君の素粒子の量子状態が、君が君であるのに何も役割を果たしていなかったとしたら? 細胞や分子の並び方を再現しさえすれば、君と同じように考えて行動するコピーを作れるとしたら?

 そうだとしたら次のバカンスにとってはグッドニュースだ。テレポーテーションがずっとずっと簡単になるんだから。

 身体の各部分の位置を記録して、別の場所でそれとまったく同じように組み合わせるだけで済んでしまうんだ。ちょうど、レゴで作った家をバラバラにして組み立て方を書き留め、その組み立て方を別の人に送って組み立ててもらうみたいなもんだ。

 現代の技術だったらいつかは達成できるんじゃないの? もちろんそれは君の完璧なコピーではないから、転送中に何かが失われるんじゃないかって心配になるかもしれない。

 画像をRAWデータのままじゃなくてJPEGに変換して送るみたいなもんじゃないの? 縁がちょっとぼやけたり、君とは少しだけ違う感じになったりはしないの?

 どこまで忠実なコピーなら耐えられるかは、最短時間で隣の恒星系に行きたい気持ちがどれだけ強いかによる。

君は完全に量子的だったとしたら?

 でももしも君の君らしさが量子的な情報で決まっているとしたら?

 君が君である秘訣、つまり君を君たらしめているのが、君の身体の全素粒子の量子的不確かさだったとしたら?

 オカルトめいた話に聞こえるかもしれない。でもテレポーテーションマシンの反対側から本当に君と完璧に同じコピーを出したいんだったら、量子レベルまでとことん突き詰めないといけない。

 でも困ったことに、そうするとテレポーテーションはもっとずっと難しくなってしまう。量子っていうだけでも難しいのに、量子的情報をコピーするってなるとますます難しくなってしまうんだ。というのも、物理的に見ると1個の素粒子についていっぺんになんでもかんでも知るのは厳密には不可能だからだ。

 ハイゼンベルクの不確定性原理のせいで、素粒子の位置をすごく精確に測定すると速度がわからなくなって、逆に速度を精確に測定すると位置がわからなくなってしまう。しかもただわからないっていうだけじゃない。もっと深刻で、位置についての情報と速度についての情報は同時には存在しないんだ!

 すべての粒子がもともと不確かさを持っているんだ。1個の素粒子について知ることができるのは、こことかそことかにある確率だけだ。

 なら、オリジナルと同じ確率を持った量子のコピーを作るためにはどうしたらいいんだろう?(後編に続く)