病気を防ぐために食事や運動に気をつけることは重要ですが、それ以外にも、ある日々の思考が死亡率に影響を与えることがわかっています !と健康になる技術 大全の著者、林英恵さんは言います。今回は、「すぐにでもやめたい死亡リスクを上げる日々の思考」についてです。
本連載では、「食事」「運動」「習慣」「ストレス」「睡眠」「感情」「認知」のテーマで、現在の最新のエビデンスに基づいた健康に関する情報を集め、最新の健康になるための技術をまとめていきます。(写真/榊智朗)
監修:イチローカワチ(ハーバード公衆衛生大学院教授 元学部長)

【公衆衛生学者が教える】すぐにでもやめたい死亡リスクをあげる、たった一つの考え方Photo: Adobe Stock

ある日々の思考が死亡率に影響を与える?

 病気を防ぐために食事や運動に気をつけることは重要ですが、それ以外にも、ある日々の思考が死亡率に影響を与えることがわかっています。それは、人と自分を比べることです。

 インターネットやSNSが発達した現代において、人と自分を比べないでいることはなかなか難しい時代になっています。

 アメリカでは、「比べると絶望する(Compare and despair)」ということわざがありますが、多くの人は、比べることで落胆したり、ネガティブな気持ちになることが多いのではないでしょうか。

 道徳の授業のような話に聞こえるかもしれませんが、比べることは、健康にとって、とても大きなストレスとなり、結果的には高血圧のリスクを引き起こし、死亡率においても差を生み出すことがわかっています。

「自分の所得平均から離れている」と感じると、死亡率が上昇する

 人にとって比べやすいものは、所得と社会的な地位でしょう。経済学者が行った実験では、周りと自分との収入の差について、自分が感じる差がどの程度健康に影響を与えるかを測りました。

 所得・人種・年齢・学歴など、自分が住んでいる州の平均的な人たちと比べて、自分の所得などが少ないといった「自分が平均から離れている」と感じた場合、平均から離れていると感じる距離感が1区分増えるごとに、死亡率が57%も上昇していることがわかりました(*1,2)。

喫煙率、肥満率、精神科の治療を受けている率も上昇する

 死亡率だけではありません。喫煙率、肥満率、精神科の治療を受けている率も、距離感があると感じれば感じるほど上昇していました。

 また、お金だけではありません。人は、自分の地位が低いと感じる時に、ストレスを感じることがわかっています。

 ハーバード大学の研究者が行った研究では、実験対象の女性42人に対し、人とのコミュニケーションにおいて、自分より偉そうな態度をとられた時(自分の地位を低く感じる)と、好意的な反応を受けた時(自尊心が高まり、自分の地位が高いと感じる)で、心肺機能の変化を観察しました(*1,3)。

自分の地位が低いと感じた時には、上の血圧と呼ばれる収縮期の血圧が上がった

 その結果、実験を始めた時には同じくらいの血圧が、自分の地位が低いと感じた時には、上の血圧と呼ばれる収縮期の血圧が上がりました。こちらは、短い実験の間での出来事ですが、ハーバード大学のカワチ教授は、これが恒常的に続いた時のストレスの影響は、健康にとって計り知れないものになるとコメントしています。

人と比べることをやめる。比べる対象から距離を置く

 ストレスを感じずに生きる方法の1つは、人と比べることをやめることです。

 比べることでのネガティブな影響は、健康の習慣や体にも影響を与えます。日頃から比べることが日常になっていたり、人と比較してネガティブな気持ちになってしまう時には、比べる対象から距離を置きましょう。自分を守る手段を持っておくことも、健康になるための秘訣です。

【参考文献】

*1 イチロー カワチ. 命の格差は止められるか ― ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業― . 東京,日本: 小学館; 201
*2 Eibner C, Sturn R, Gresenz CR. Does relative deprivation predict the need for mental health services? J Ment Health Policy Econ. 2004;7(4).
*3 Mendelson T, Thurston RC, Kubzansky LD. Affective and cardiovascular effects of experimentally-induced social status. Health Psychol. 2008;27(4).

【参考文献】

(本原稿は、林英恵著『健康になる技術 大全』から一部抜粋・修正して構成したものです)

【公衆衛生学者が教える】すぐにでもやめたい死亡リスクをあげる、たった一つの考え方林 英恵(はやし・はなえ)
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)、Down to Earth 株式会社代表取締役、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授、東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程修了、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得(Doctor of Science:科学博士・同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。様々な国で健康づくりに携わる中で、多くの人たちが、健康法は知っていても習慣づける方法を知らないため、やめたい悪習慣をたちきり、身につけたい健康法を実践することができないことを痛感する。長きにわたって頼りになる「健康習慣の身につけ方」を科学的に説いた日本人向けの本を書きたいと思い、『健康になる技術 大全」を執筆した。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス・アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年、Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。社名は英語で「実践的な、親しみやすい」という意味で、学問と実践の世界を繋ぐことを意図している。現在は、国際機関や国、自治体、企業などに対し、健康に関する戦略・事業開発、コンサルティングを行い、学術研究なども行っている。加えて、個人の行動変容をサポートするためのライフスタイルブランドの設立準備中。2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー“Asia 21 Young Leaders”に選出。また、2020年、アメリカのアイゼンハワー元大統領によるアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が手がける、世界の女性リーダー“Global Women’s Leadership Fellow”に唯一の日本人として選ばれる。両組織において、現在もフェローとして国際的な活動を続ける。
『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。著書に、『健康になる技術 大全」(ダイヤモンド社)、『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)がある。
https://hanahayashi.com/