「1日3食では、どうしても糖質オーバーになる」「やせるためには糖質制限が必要」…。しかし、本当にそうなのか? 自己流の糖質制限でかえって健康を害する人が増えている。若くて健康体の人であれば、糖質を気にしすぎる必要はない。むしろ健康のためには適度な脂肪が必要であるなど、健康の新常識を提案する『ケトン食の名医が教える 糖質制限はやらなくていい』(萩原圭祐著、ダイヤモンド社)。同書から一部抜粋・加筆してお届けしている本連載。読者からは「こんなの知らなかった」「エビデンスにもとづいているので信頼できる」「ケトン体とは何かがよくわかった」「健康のためには食事が重要であることが理解できた」などの声が多数寄せられている。今回は、順天堂大学医学部附属静岡病院 糖尿病・内分泌内科 教授の野見山 崇先生に、本書の感想やおすすめポイントなどについて話を聞いた。
糖尿病の患者さんへのアドバイスと
共通する内容が書かれている
――野見山先生と萩原先生の出会いのきっかけは、どういうことだったのですか。
野見山 崇(以下、野見山)2016年11月に大阪で製薬メーカーの講演をしたのですが、そのときに萩原先生が聴衆として参加されたのです。私は、糖尿病治療薬とがんとか、糖尿病患者さんのがんについての研究をしていたので、それで興味を持っていただいて、名刺交換をさせていただいたのがきっかけです。
その後、がんとケトン食研究会というのを萩原先生が立ち上げられて、そこのメンバーにもしていただいて、連絡を取り合ったり、講演もさせていただいたりというような関係がずっと続いています。
――萩原先生と話しをされてみて第一印象はどうでしたか。お互いに共鳴する所などはあったのでしょうか。
順天堂大学医学部附属静岡病院 糖尿病・内分泌内科教授。
1970年福岡県生まれ。1995年順天堂大学医学部医学科卒業、1998年順天堂大学大学院医学研究科(博士課程)内科学・代謝内分泌学講座大学院入学、2002年順天堂大学大学院医学研究科(博士課程)内科学・代謝内分泌学講座修了、2005年 2月~2008年6月 University of Kentucky, Division of Endocrinology and Molecular Medicine 留学、2008年順天堂大学医学部内科学・代謝内分泌学講座助教、2010年福岡大学医学部内分泌・糖尿病内科講師、2012年福岡大学医学部内分泌・糖尿病内科准教授、2020年国際医療福祉大学市川病院糖尿病・代謝・内分泌内科教授、2022年8月順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学教授、順天堂大学医学部附属静岡病院 糖尿病・内分泌内科教授に就任、現在に至る。
日本内科学会 認定内科医、総合内科専門医、日本糖尿病学会 公認糖尿病専門医、指導医、日本内分泌学会 公認内分泌代謝専門医、指導医、評議員、日本糖尿病合併症学会 評議員、日本体質医学会 評議員、日本糖尿病協会理事、日本動脈硬化学会、日本肥満学会。
主な受賞歴に、2004年日本内分泌学会若手奨励賞受賞、2006年New Investigator Travel Award of 7th Annual Conference on ATVB受賞、2012年度日本体質医学会研究奨励賞受賞、2015年度日本糖尿病合併症学会Young Investigator Award受賞、2017年度日本糖尿病協会ウイリアム・カレン賞受賞などがある。 専攻領域は、糖尿病、インクレチン関連薬の臓器保護作用、糖尿病と癌。 主な著書に『チャートでわかる 糖尿病治療薬処方のトリセツ』(南江堂)がある。
野見山 とてもフランクな感じの先生だなと言うのが第一印象です。あまり肩肘張らずにざっくばらんに思ったことをいろいろ言ってくれるので、私もざっくばらんにいろんな話ができる関係かなと思います。萩原先生もガンとケトン食というややニッチな領域を研究していますし、私もがんとか血管平滑筋細胞という、糖尿病のなかではちょっとニッチな分野をやっています。糖尿病の先生の多くは、すい臓のインスリンを出すベータ細胞とか、インスリン抵抗性とかを研究しています。私も萩原先生も、大勢に流されず、好きなことをやる姿勢は変らないのかなと思っています(笑)。
――今回、萩原先生の著書の『糖質制限はやらなくていい』の本をお読みになって、どんな印象や感想をお持ちになりましたか。
野見山 そうですね。『糖質制限はやらなくていい』というキャッチーな感じのタイトルなのに、中に書いてあることは、しごくまっとうというか(笑)。本当に経歴もしっかりした先生が、医学について専門ではない一般の人に向けて、とてもわかりやすく説明しているなというふうに思いました。本当にまっとうというか、普通こういう本って、「これさえ食べていればいいんだ」とか「医者の言うことは聞くな」とかそういう風潮がありますよね。読み手の方もそういうのが好きじゃないですか。
でも、この本は日本食は素晴らしいんですよとか、炭水化物もとらなきゃいけないですよとか、日本の古来の食生活、納豆や糀(こうじ)がいいとか、普段、僕らが糖尿病の患者さんに説明しているようなことが理路整然と書いてあるので。本当に、ちゃんと患者さんと向き合って診ておられる先生が書かれている本なんだなと思いました。
――野見山先生は、健康の実用書ですとか、一般の人向けにわかりやすく書かかれた医師の方の本などは、日頃から目を通されたりされますか。
野見山 基本的にはあまり読まないですね。ただ、テレビの健康番組はよく観るようにしています。患者さんからよく質問されるからです。「この間、あの番組でこんなことを言ってたけど本当ですか」とかね。最近ですとNHKの「あしたが変わるトリセツショー」という番組があるのですが、それを観ていないと、患者さんから質問されたときに答えてあげられないので、テレビ番組の健康番組は結構よく観るように心掛けています。
――テレビの健康番組の内容に関しては、納得できるものが多いでしょうか。
野見山 やはりテレビというフィルターを通しているので、概ね変なことは言ってないというのは思いますね。ときどき、ちょっとこれは言いすぎかなと思うときはありますけれども、真逆のことは言ってないなというのは、いつも観ていて思います。
ケトン体は、脳の一つのエネルギー源
――『糖質制限はやらなくていい』の中では、ケトン体とか、がんケトン食療法というものについて説明されているのですが、野見山先生は同じ医師として、ケトン体についてはどのように考えられていますか。
野見山 人間の生体全体として考えると、ケトン体というのは脳の一つのエネルギー源と言えます。脳というのは、糖とケトン体しかエネルギーとして使えないのです。そういった意味では、ケトン体は重要なエネルギー源であると思います。
ただ、私が専門としている糖尿病という病態に関して言うと、「糖尿病性ケトアシドーシス」という重篤な副作用や合併症がありますので、あくまで糖尿病という観点から見ると、大量のケトン体が出過ぎるのは、どちらかというとあまりよくないことというふうに考えています。
ただ、萩原先生もそこはちゃんとわかっていて、がんとケトン食療法に関しては、糖尿病の患者さんは除外しています。こういう選択肢も、がん治療の一つのオプションとしてありますよというのが、すごくフラットな考え方だなと思って、本を拝読させていただきました。
――糖尿病という観点で見ると、ケトン体にはややリスクもあるということでしょうか。
野見山 ただ、量の問題というのも最近言われていまして。この本の中にも書いてありますけど、SGLT2阻害薬という薬が最近、糖尿病の領域ではすごいメジャーになってきています。心不全にいいとか、腎臓病にいいということが論文化されています。そこでも、実はケトン体は生体にいいのではないかというデータもあります。ただ、多量なケトン体は毒性の心配があるけれども、少量や適量のケトン体は、生体にいいのではないかという意見が今ではメジャーになっています。
また、糖尿病の患者さんの中でもケトン体は、体にいいことをしている可能性は十分にあるというふうにも言われていますので、そこはもうさじ加減の問題かなと思います。
――量がどこまでがいいのかというのは、なかなかデリケートな問題ですね。
野見山 そう思います。その点は糖尿病で言うと、インスリンの分泌量に依存しています。インスリンがたくさん出ている人は、ある程度ケトン体が出ていたとしても、自分のインスリンの働きでそこを抑えられるからいいのですけど、インスリンの分泌があまり出ていない人は、ケトン体が増えすぎてしまうので、危険な状態までいってしまう可能性はあるのかなというふうにも思います。
――そもそも糖尿病というのは、1型と2型の二つがあるのですね。
野見山 1型糖尿病というのは、自己免疫疾患のことです。自分の免疫によってすい臓のベータ細胞というインスリンを出す細胞が壊されてしまうのです。その原因としては、ウイルス感染なども言われていますが、どちらかというと偶発的に発症する糖尿病が一型です。自分の免疫によってインスリンを出す細胞を壊してしまうのです。免疫力が高くないとならないので、若い人に多いです。
もう一つの2型糖尿病というのは遺伝的要素が強いと言われていて、どちらかというと生まれ持った体質に生活環境が重なって発症します。昔、どこかの大臣が糖尿病なんていうのは贅沢病だろうと言って非難を浴びたことがありましたが、昔は運動不足と過食が原因だと言われていたのですが、最近では、それだけではなくて、たとえば精神的なストレス、不眠、昼夜逆転の生活なども重要なファクターになっています。
あとは老化ですね。加齢でも、2型糖尿病を発症しやすくなります。あとは、個人の体の環境の変化が後押しして、もともと持っている遺伝的なものが発症するというふうに考えられています。
――そうすると、2型の方が患者さんとしては多いのでしょうか。
野見山 日本の糖尿病患者さんの95パーセントが2型です。
糖尿病が増加している要因は、
高齢化、欧米食、運動不足
――統計によりますと、糖尿病の患者さんは右肩上がりで増える傾向にあって、今、予備軍を含めると日本で2000万人ぐらいの人がいるということなのですが、原因としては何があるのでしょうか。
野見山 一つは、糖尿病をみんな意識するようになって、検診でも血糖値とHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)を測っているので、検出率が上がったというのがあると思います。
もう一つは、やっぱり日本人の高齢化ですね。老化も一つの発症因子なので、高齢になって自分の寿命の方が自分のインスリンを出すベータ細胞の寿命より長くなってしまっているから、どうしても糖尿病も増えてしまうということです。
あとはいわゆる生活習慣ですね。萩原先生の提唱する日本食の見直しにも繋がるんですけど、食事が欧米食になってしまっていることです。あとは、自動車の保有台数が増えるのと同じように糖尿病がパラレルに増えているので、運動不足で歩かなくなったということです。
――歩くことは大事ですね。
野見山 すごく大事です。今は、都会の人のほうが電車やバスで通勤するから、田舎の人よりも歩くじゃないですか。田舎の人は、ずっと車で移動するので運動不足になりやすいので、糖尿病にもなりやすいのです。静岡県の中でも、私たちの病院がある東部というのは、交通の便が悪いので、静岡県の西部とか中部に比べて肥満とかメタボリックシンドロームの割合が多いんですよね。
糖尿病の人は、がんになるリスクが高まる
――糖尿病になると、がんになるリスクが一・二倍とか、がんの種類によっては二倍ぐらいになるということですが、この因果関係はどういうことなのでしょうか。
野見山 実は今、糖尿病になった人で亡くなる原因の第一位はがんなんです。その理由の一つは、糖尿病患者さんが特に肥満していて、インスリン抵抗性(糖の吸収を促すホルモンのインスリンの作用が十分に発揮できない状態)があると、過剰にインスリンが必要になりますが、インスリンはがん細胞に対しては増殖因子として働くのです。つまりがんを促進するわけです。あとは、血糖値が高いということは、酸化ストレス(活性酸素の産生が生態を防御する抗酸化防御機構を上回った状態。老化や細胞の損傷などにつながる)の原因になってきますので、酸化ストレスによってがんが進んでしまうということが言われています。
内臓脂肪が多いと、内臓脂肪の中で微妙に炎症が起こります。その炎症からくる酸化ストレスもがんの原因になると言われています。ただ、血糖値をよくしたからがんが少ないというエビデンスはないので、糖尿病にまつわるいろいろなファクターががんを促進しているということで、糖尿病の直接的な合併症としてがんがあるかというと、そこはまだちょっと未解明なところがあります。
――食事と運動をちゃんとやることが大事だということは、患者さんにもよく話されるのですか。
野見山 もちろんです。どんなにいい薬が出ても、食事療法や運動療法が守れなければ、血糖値は下がりませんと、いつも言ってます。
逆に言うと、薬を入れて血糖値が下がったら、それは、患者さん自身の食事療法や運動療法がうまくいっているうえに薬が効いているというふうに言えるので、そこはいつも褒めてあげるようにしています。