人生100年時代、お金を増やすより、守る意識のほうが大切です。相続税は、1人につき1回しか発生しない税金ですが、その額は極めて大きく、無視できません。家族間のトラブルも年々増えており、相続争いの8割近くが遺産5000万円以下の「普通の家庭」で起きています。
本連載は、相続にまつわる法律や税金の基礎知識から、相続争いの裁判例や税務調査の勘所を学ぶものです。著者は、相続専門税理士の橘慶太氏。相続の相談実績は5000人を超えている。大増税改革と言われている「相続贈与一体化」に完全対応の『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】 相続専門YouTuber税理士がお金のソン・トクをとことん教えます!』を出版する(発売は5月17日)。遺言書、相続税、贈与税、不動産、税務調査、各種手続という観点から、相続のリアルをあますところなく伝えている。

税務調査の怖い話、調査官が2人同時にメモを取ったら危険!【実例紹介】Photo: Adobe Stock

税務調査の怖い話

 多くの納税者は、税務調査に慣れていません。法律を把握していれば後ろめたいことなどないのに不必要に隠そうとしてしまったり、調査官の質問の意図をとらえられずに誤解されやすい受け答えをしてしまったりして、かえって調査官に突っ込みどころを与えてしまうことがあります。

 私が立ち会った税務調査でも、「大丈夫だろう」と安心していた調査でお客様が受け答えを間違え、一転して大ピンチに陥った経験は何度かあります。

「亡くなった主人の相続税の申告について、税務調査が来ることになった」と、ある女性から相談を受けたときのお話です。

税務署が狙うのは「名義預金」

 女性の夫は、60代前半と比較的若かったのに、病気で他界してしまっていました。子どもは長男と次男の2人で、どちらも20代後半です。

 夫は事業を営んでいてうまくいっており、子ども2人が小さいときから子どもの名義で通帳をつくって、年1回、毎年100万円ほどの入金をしていました。相続が起こったときには、長男、次男の通帳にそれぞれ2000万円ほどの金額が入っていました。

 税務署はこの預金について、名義こそ長男、次男のものだけれど、実質的には亡くなった父のものである「名義預金」ではないかと疑い、調査することにしたのです。

 拙著『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』でもお伝えしているように、税務調査で最も狙われるのがこの「名義預金」です。

 通帳は、長男名義のものと次男名義のものが一緒に、実家の引き出しに入れられて管理されていました。しかし長男は海外で働いており、次男は日本にはいるもののやはり遠方で働いています。税務署はここにも疑いの目を向けました。「いい年の大人が、自分の口座の通帳を自分で管理せず、実家に置いておくだろうか」というわけです。

 調査当日。長男も次男も仕事を抜けて実家に帰ってくることはできず、母親と私とで税務調査を受けることになりました。

 調査官から投げかけられる質問に、母親は的確に答えていました。私も安心してそのやり取りを聞いていましたが、調査官が「この通帳を、お子さんたちはいつ確認しましたか?」と質問を繰り出した直後、状況は一変します。母親は「葬儀の後じゃないですかね」と答えたのです。調査官2人は即座に、そして同時に、その言葉をメモしました。

調査官が2人同時にメモを取ったら「ピンチ」の合図

 調査官は必ず、2人1組で税務調査を行います。これには大きな意味があります。裁判上、「言った、言わない」の水掛け論になったとき、2人が同じメモを残している場合は証拠として有効であるという判例があるのです。

 つまり2人同時にメモをとったら、それはのちのち、法的根拠のある証拠として使おうと考えているということです。

「子どもたちは通帳をいつ確認しましたか?」「葬儀の後です」。

 このやり取りだけを見れば、「子どもたちは葬儀の後に、通帳の存在を初めて知った」ように受け取れるでしょう。それは同時に、子どもたちは、葬儀の前には通帳の存在を知らなかったということです。名義預金が成立してしまいます。

 だからこそ調査官2人は、名義預金を証明する重要な発言として、母親の「葬儀の後じゃないですかね」という言葉をメモにとったのです。私はとっさに助け船を出しました。

「通帳を確認したというのは、『残高を確認した』という意味ですよね?」

 母親は「当然じゃないですか」といった感じで、「そうです、そうです」と答えます。もちろん、私も母親も、嘘をついていません。長男も次男も、父から贈与を受けていることも、通帳の存在も知っていました。ただ、細かな額までは知らなかったため、葬儀の後に通帳で確認したのです。調査官たちも納得し、結果として、名義預金にはならずに済みました。

 税務調査では、大きな緊張を強いられます。自分でも思ってもいなかったことを口走ってしまうこともあります。言葉が足りず、調査官に真意がうまく伝わらない場合もあるかもしれません。

 しかしそのようなときは、担当の税理士が助け船を出してくれるはずです。とくに調査官が2人同時にメモをとり出したら「ピンチ」の合図ですから、税理士とアイコンタクトをとり、そこからは税理士に受け答えの主導権を渡すのもひとつの策といえます。