従兄が突然亡くなったとき、ぼくは自分までもが死んでしまったような気持ちになりました(写真はイメージです) Photo:PIXTA
パソコンやスマートフォンの画面とにらめっこする毎日。ふと気が付くと「そういえば最近本を読んでないな」ということはありませんか?そこで今回は、高知新聞社「K+」の人気連載「読む時間、向き合う時間」をまとめた書籍、『電車のなかで本を読む』(青春出版社刊、島田潤一郎著)で紹介されている49冊のうちの2冊を抜粋して紹介します。
「ぼくを救ってくれた一篇の詩」
(2016年4月掲載)
紹介する本:『さよならのあとで』 ヘンリー・スコット・ホランド 著 高橋和枝 絵(夏葉社)
ぼくは、昭和五一年に高知県の室戸市で生まれました。それからすぐに名古屋に行き、三歳から東京で暮らすようになりました。
高知で実際に生活したことはありませんが、いまも親戚たちが大勢暮らす高知を故郷のように思っています。年に一度は室戸に帰り、叔父が釣ってきてくれた魚を食べ、地元のスーパー「サンシャイン」へ買い物に行きます。
室戸にいるときは、「おんちゃん、あれ、たいちゃ美味かったわ」といったふうに、室戸弁で話します。
叔父と叔母は、ぼくを東京に出している息子だといいます。
ぼくが出版社をはじめたのは、三三歳のとき。出版社をやりたくて仕方がなかったとか、そのために準備をしていたとか、そういうことではありません。兄弟のように親しくしていた従兄が事故で亡くなり、それで、人生を変えなければいけなくなったのです。
従兄はぼくより一歳年上で、室戸で生まれ、室戸でずっと暮らしていました。ほがらかで、優しい、誰からも愛される人でした。
室戸に帰るということは、ぼくにとって、従兄と遊ぶということで、夏休みに二〇日間室戸にいたとしたら、眠っている時間以外はずっと、従兄と遊んでいました。
児童文学者の石井桃子さんは、「子どもたちよ 子ども時代を しっかりと たのしんでください。おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは 子ども時代の『あなた』です」という言葉を残していますが、ぼくが高知を好きで仕方がないのは、この従兄との思い出があるからです。
高知の夏の日差しの強さ。木々の葉の青さ。川の冷たさ。子どものころの記憶を思い出すと、かたわらにはいつも従兄がいます。ベースボールキャップをかぶり、日に焼けた顔でにっこりと笑っています。
その従兄が突然亡くなったとき、ぼくは自分までもが死んでしまったような気持ちになりました。
悲しいというよりも、親しい人がこの世からいなくなり、そして二度と会えないという恐ろしさに、身動きがとれなくなってしまったような感じでした。
打ちのめされた心をつないだのは読書だった
そのとき、ぼくは無職でした。毎日が苦しくて仕方ありませんでした。
救ってくれたのは、一篇の詩です。
ぼくの趣味は読書で、不安な日々のなかでも、毎日本を読んでいました。一冊の本を持ち、夜の静寂のなかで、だれかの話に耳を傾けるようにページをめくっていると、こころが落ち着きました。
ぼくが出会った詩はこんなふうにはじまります。
「死はなんでもないものです。私はただとなりの部屋にそっと移っただけ」。
それは、ぼくが欲していた言葉でした。そしてその言葉は、ぼくが叔父や叔母や、室戸にいる親戚たちに届けたい言葉でもありました。
この一篇の詩で本をつくろう。そのために出版社をつくろうと考えたのは、それからすぐのことです。
それまで編集の仕事をしたことがなかったのにもかかわらず、ぼくは出版社を立ち上げました。
それは一度死んでしまった自分のこころを、蘇生する試みでもありました。
結局、その詩の本ができたのは、会社を立ち上げてから二年四カ月後のこと。
右も左もわからないまま本をつくり、完成したあとも、これで本当によかったのだろうか? と自問しました。
けれど、本が書店に並んですぐに、ぼくと同じような境遇にいた読者から感謝のことばをもらい、そのときにようやく、この本をつくってよかった、と思うことができました。
従兄が亡くなって、もう八年になります。
ぼくはいまもひとりで会社を切り盛りしていますが、不思議なことに、さみしいと感じたことは一度もありません。
それは、従兄がぼくのそばにいてくれているからだ、と思っています。
来月、また室戸へ行き、従兄のお墓参りをしてくる予定です。
「スマホをやめてみたら……」
(2017年8月掲載)
紹介する本:『チボー家の人々』 ロジェ・マルタン・デュ・ガール 著 山内義雄 訳(白水Uブックス)
今年の二月に長年つかっていたスマートフォンをやめて、ふつうの携帯電話に戻しました。それからはしばらく「不便だなあ……」と思いながら、携帯電話でインターネットのニュースやSNSを見ていましたが、それもこの七月にやめてしまいました。







