死について考えることは、多くの人にとって楽しいものではないだろう。
しかし、人が死について語ることばは、ときに人を勇気づける。「どう死ぬか」は「どう生きるか」の裏返しなのだ。
2023年4月に発売された『生きるために読む 死の名言』(伊藤氏貴著)は、「死についての名言」だけを集めた書籍。作家、医師、漫画家、武士、コメディアンなど、さまざまな分野で名を残した人物の、作品・遺言・遺書・辞世から珠玉のことばを紹介している。
本連載では特別に『死の名言』の中からひとつを抜粋、再編集してお届けする。

瀬戸内寂聴が語った「死ねない理由」とは

いつまで生きるかは、誰にもわからない

「定命が尽きるまでは死ぬことができません。

いただいた命は大切にしましょう。」

瀬戸内寂聴著『老いも病も受け入れよう』(新潮社)より

 瀬戸内寂聴の生涯は、晩年のあの丸めた頭と溢れんばかりの笑顔からは想像もつかない、波乱に満ちた生涯でした。

 20歳で見合いをして、翌年結婚。子どもも生まれますが、夫の教え子と不倫をし、一度は許されたものの、子を置いて家出。

 正式な離婚を経た後、少女小説で生計を立てつつ純文学を目指しますが、『花芯』という作品が女性の性を赤裸々に描くものとしてポルノ扱いを受け、純文学雑誌には書かせてもらえなくなります。

 その後、かつての不倫相手と年上作家との三角関係を含めた奔放な恋愛関係を書いた『夏の終り』で女流文学賞を受けます。

 さらに井上光晴という別の年長の作家と不倫関係に入りますが、それを断つために出家を決意。ようやく「寂聴」となります。

 とはいえ、過去をすべて断ち切れたわけではなく、特に捨てた娘のことはずっと頭を離れなかったそうです。

 しかしだからこそ、苦しくとも生きて自分の愚かさをも含めて語ることに努めました。そこには、「定命」すなわち、「自分の命数は自分以外の何ものかによって定められており、だからこそ大切にしよう」という考えがありました。

 自分勝手に生きた前半生を大いに反省しつつ、たしかにその「定命」をまっとうした人生だったと言えるでしょう。

瀬戸内寂聴
1922-2021 没年99歳

作家、僧侶。俗名・晴美。21歳で同郷の男性と結婚し、翌年長女を出産するも、娘が3歳の時に家を捨てて独居。その後、同人誌に発表した「女子大生・曲愛玲」で純文学作家としてデビュー。私小説的な作品から大衆文学、評伝、古典の現代語訳まで幅広く活躍。51歳で得度、寂聴を名乗る。作品に『夏の終り』など。

(本稿は、『死の名言』より、一部を抜粋・編集したものです)