「フキハラ」から身を守るのは
フィジカルディスタンス

 ストレスの厄介なところは、その記憶が脳に焼きつきやすいことです。

 つまり、強いストレスを感じる経験を重ねてしまうと、その印象が強く記憶に残り、そのときの場所や一緒にいた人自体にストレスを感じるようになる危険があるのです。「不機嫌ノーラ」の“家庭内感染”が繰り返された場合、家族の誰かの存在や家庭そのものがストレスを高める原因になってしまいかねません。

 では、そのような「不機嫌パンデミック」を起こさないため、そもそも「フキハラ」の被害に遭わないためにはどうすればいいのでしょうか?

 最も手っ取り早いのは、「不機嫌ノーラ」を発信している人から物理的な距離を置くことです。

「不機嫌ノーラ」からの距離が近いほど、また「不機嫌ノーラ」にさらされる時間が長いほど影響が大きくなるので、例えば家族の誰かが不機嫌そうにしているのに気づいたら別の部屋に早めに避難するとか、状況が許すなら外に散歩に出かけるというのもよいでしょう。上司の機嫌が悪いなと思ったらさっさとその場を離れ、必要以上に近づかないのが賢明です。

 また、チームで取り組んでいるプロジェクトが行き詰まったときなども、一旦解散して、それぞれがしばらくの間、別の場所で過ごすのがよいと思います。

 とにかく「フキハラ」に関して言えば、まさに「触らぬ神に祟りなし」なのです。「物理的な距離を置く」というのは、「不機嫌ノーラ」の発信者になりそうなときにも、もちろん心がけるべきことです。

 自分自身がイライラしたりモヤモヤしたりしているときは、できるだけ一人で過ごすようにすれば、「フキハラ」の加害者になるのを未然に防ぐことができるでしょう。

 そういう意味では、最近ではメジャーになったテレワークは会社内の「フキハラ」を未然に防ぐ方法としてはかなり有効だと言えます。

 ただしそのぶん家で家族と一緒にいる時間が増え、家庭内「フキハラ」のほうはむしろ増えているかもしれません。そこはなんとも悩ましいところですね。

気分転換を心がけて
ネガティブ感情と付き合おう

 相手の「不機嫌ノーラ」のせいでこちらまで不機嫌になれば、こちらからも当然「不機嫌ノーラ」が出てしまいます。その結果、互いの不機嫌は増幅します。

 どちらかがイライラしているだけで夫婦喧嘩が勃発するのも「不機嫌ノーラ」のせいですし、それがヒートアップするのは互いの「不機嫌ノーラ」を交信しあっている証拠なのです。

 そうやって「不機嫌ノーラ」を出しあったまま、近い距離で過ごしていれば、そのイライラをいつまでも引きずったまま過ごすことになりかねません。だからこそ、「不機嫌」を察知した時点で距離を置くのが大事なのです。

 これは夫婦に限ったことではなく、他人の「不機嫌ノーラ」は明らかにストレスの引き金になります。どんなに親しい相手でも、どんなに好きな相手でも、その人の不機嫌を察知したなら、それが治まるまでは適度な距離を置くことが、良い関係を維持するコツだと言えるでしょう。どうしても距離が置けない場合は、自分の周りを覆う「ドーム」があることをイメージした上で、好きな音楽を聞いたり、好きな香りを嗅いだり、あるいは、相手の「不機嫌ノーラ」を吸い取ってどこかに投げ飛ばすことをイメージするだけでも、かなり気分は楽になります。

「フキハラ」が、相手に対する好き嫌い、上下関係、人間としての未熟さや偏見などと無関係ではない「パワハラ」や「セクハラ」「モラハラ」などと違うのは、「ただ不機嫌でいる」というそれだけで起こってしまうことです。あからさまにそれを言動で表すことがないとしても、「不機嫌な感情」はノーラを通じて、多かれ少なかれ必ず他人に伝わるからです。

書影『フキハラの正体 なぜ、あの人の不機嫌に振り回されるのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン携書)『フキハラの正体 なぜ、あの人の不機嫌に振り回されるのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン携書)
満倉靖恵 著

 そして人間である以上、誰もが不機嫌とは無縁ではいられません。「ネガティブに敏感で、その感情を引きずる」のはすべての人の脳がもつ性質だからです。

 だからこそ「フキハラ」は誰もが、加害者にも被害者にもなり得る、常に目の前にある危機なのです。

「フキハラ」を完全に排除することは難しいですが、それでもやれることはあります。

 それは、「フキハラ」というものの存在を理解し、それがあることを前提にした他人との付き合い方を心掛けるということです。

 ストレス自体がゼロになることはなくても、できるだけ低いレベルに留めることができれば、私たちはもっと生きやすくなります。だからこそ、ストレスの引き金の一つである、「フキハラ」からもできるだけ身を守ることが大切なのです。