長年指摘されてきた「コングロマリット・ディスカウント(複数の事業を有する複合企業が、それぞれ単体事業を展開している場合の企業価値の合算と比べて、市場から評価されにくく株価が低迷している状態)」は今も厳然と存在するのか? グループ経営戦略書の決定版『全社戦略』(ウルリッヒ・ピドゥン著、松田千恵子訳・解説)より、その一部をご紹介する。

多角化のコストは下がっている? コングロマリット・ディスカウントの現在地Photo: Adobe Stock

巨大なコングロマリットが出現した1960年代以降、多角化企業モデルは、その是非について議論されてきた。特にこの数年の企業社会を見ると、多角化企業による事業分離の動きが顕著になっている。

この現象は特定の業界に留まらない。例えば、消費財(クラフト・フーズは国際的なスナック事業をモンデリーズとしてスピンオフ)、素材(アルコアは自社を、レガシー事業を受け持つアルコニックと新生アルコアに分割)、テクノロジー(ヒューレット・パッカードはサーバおよびソフトウェア事業を、プリンター/PC事業から分離)および工業製品(タイコは自社を3つの独立した上場企業に分割)といった業界で観察されている。

コングロマリットの象徴ともいえるGEでさえ、事業分割のプレッシャーに晒されている。事業分離の増加は米国に限った現象でもない。例えば近年では、ドイツの大手医薬品メーカー、バイエルが自社の素材科学事業をコベストロの名で分社化、オランダの工業コングロマリットであるAPモラー・マースクはその石油事業を売却、産業コングロマリットのシーメンスは医療機器部門をシーメンスヘルシニアーズとして分離独立させている。

これらの事例は、多角化企業の終焉と、全社戦略の目的適合性の低下を示すのだろうか。もしくは、我々は、これらの目立った事業分割および事業分離のハロー効果(※1)に惑わされているだけで、より頻繁に行われているものの事業分割や分離ほど華々しくはない多角化戦略の成功例を見落としているだけなのだろうか。

多角化と業績の間の関連は、戦略経営研究において最も多くの研究がなされているトピックである。ただし、これらの学術文献上、「企業の多角化」の正確な定義についていまだ合意には至っていない。本書では、「企業の多角化」を広義に捉え、「新たな製品、顧客または市場に関して企業が行う事業活動の拡大」と定義する。これには、水平的多角化(既存事業との関連性の有無にかかわらず、新しい業種、製品、または地域に参入すること)だけでなく、垂直的多角化(既存のバリューチェーン内における上流または下流への事業活動を拡大すること)が含まれる。

企業が多角化をめざす3つの理由

企業が多角化戦略を追求する主な動機には、以下の3つがある。

第一は、成熟した中核事業を持ちキャッシュフローは良好だが、投資機会は限られているため、成長オプションを見つけようと多角化戦略をとるケースである。会社の規模は、権力、地位、および経営チームの報酬と相関しているため、このような成長の模索は単なる経営者の権力拡大欲によるものではないか、という批判もある。

第二は、広範なポートフォリオに事業リスクを分散させるケースである。これは、特に企業の存続を強く意識する傾向にある同族企業に当てはまる。同時に、みずからが解雇されるリスクを低減し、特定の人的資本への投資を守りたいと考える経営者にも当てはまる動機である。この動機は、多角化によるリスクの低減は株式ポートフォリオに投資することにより自前で実現できると主張する多くの投資家から批判されている。

第三は、業績に対する厳しい圧力に直面している企業が、戦略的な刷新のために多角化を利用するケースである。このような企業は、より高いリターンが期待できる事業機会を探索し、より魅力的な産業や市場のセグメントに事業部門のポートフォリオをシフトさせたいという意向を持つ。例えばノキアは近年、このような多角的な戦略的刷新を行い、携帯電話からネットワーク・インフラへ主力事業をシフトさせている。

多角化のメリット

多角化には多くの目に見える利点があることから、こうした動機は正当化されがちである。第一の利点は、取引の内部化に起因するものである。関連する事業を統合すれば、この事業との協業に係る取引コストを下げられる可能性がある。取引の内部化は、内部資本市場にも当てはまり、情報の優位性がより効率的な資本配分につながり、独立企業間取引では正当化が困難な特定の投資を可能にする場合がある。同様に、経営管理スキルの内部化にもつながり、多角化された事業部門間において効率的な人的交流を促す可能性がある。このような取引コスト関連の利点は、金融市場や労働市場が発達していない地域では特に重要である。

多角化の第二の利点は、範囲の経済に起因するものである。こうした利点には、売上シナジー(例:事業部門全体でのブランドの共有または商品・サービスのクロスセリング)、コストシナジー(例:資源のプーリングまたは製造設備の共有)、および経営シナジー(事業部門間における知見およびベストプラクティスの共有)が含まれる。

最後の利点として、多角化企業は市場支配力の増大による恩恵を享受できる可能性がある。例えば、相互に売買取引をするような場合、ある事業部門の潜在顧客は別の事業部門への潜在的な供給者でもある。2つの会社は、「あなたが私から買ってくれるのなら、私もあなたから買いましょう」という形で好ましい合意を形成することが可能である。同様に、多角化企業は互いに複数の市場で競合している場合に、相互に依存していることを認識し、競争をほんの少し和らげ、互いに自制することで恩恵を受けることができる。

ある企業が2つの製品をバンドルすることで、ある市場での強固な地位を関連市場にも拡大する場合、市場支配力が増す場合がある。マイクロソフトがウィンドウズOSとウェブブラウザであるエクスプローラーをバンドリングし、ネットスケープをブラウザ市場から締め出したことを思い出してほしい。最後に、多角化企業は内部相互補助のメリットを得ることができる。すなわち、ある事業で得られたキャッシュを別事業に使うことができる。これは競合相手が非多角化企業であれば持ちえない機会である。

メリットとリスクのバランス

企業を多角化することによって得られるこれらの潜在的なメリットは、潜在的なリスクとのバランスを取らなければならない。重要成功要因(KSF:Key Success Factor)が異なる事業で構成される広範な多角化ポートフォリオを持つ企業では、全社レベルのマネジメント能力に求められる水準が過度に高くなる可能性がある。個々の事業の特殊性への理解が不十分だと、戦略的ガイダンスを誤り、資源配分が行われない可能性もある。限界的な事業部門は、そうでない事業部門に対する注目度のほうが高いことから、放置される場合がある。グループ本社と事業部門間で求められる内部調整や意思決定プロセスの鈍化に起因した事業の複雑性に伴う費用が発生する可能性がある。多角化ポートフォリオの不透明性は、個々の事業の業績をわかりにくくするため、限界的または業績不振事業には、資本市場による監視の目が届かない。これらすべての理由によって、多くの投資家はポートフォリオに注視し、非中核事業を売却するように、グループ本社の経営陣にプレッシャーをかけるのである。

しかし、彼らが多角化企業を非難し、戦略的な集中を要求するのは正しいことだろうか。平均的な多角化企業は、企業の多角化によるメリットとリスクのバランスをどのように取っているのであろうか。大量の文献研究を行った結果、企業の多角化がそれだけの理由で有利または不利をもたらすような明白な経験的証拠は存在しないことが明らかになった(Nippa et al.2011; Palich et al.2000)。企業と多角化の度合いと企業価値の間には、曲線系(逆U字型)の関係があるという点については非常に強力な根拠が得られている。このことは、多角化は一定のレベルまでは企業にとってメリットとなる一方で、すべての企業には最適な多角化の度合いが存在し、これを超えてはならないことを示唆している。

過去50年にわたる研究と28ヵ国、約15万件の企業レベルの観察結果を網羅した、多角化と業績の関連に関する267件の先行研究による実証結果をまとめた近年のメタアナリシス(※2)によれば、高水準の多角化は必ずしも業績に悪い影響を与えるものではないことが確認された(Schommer et al.2019 ※3)。さらに過去50年間で平均すると、企業の「多角化度」は低下傾向にあるものの、1990年代後半以降に限っていえば、「多角化度」が再び上昇に転じていることも判明した。さらに重要なのは、この研究によって、既存事業と関連性のない多角化は、以前ほど業績に与えるマイナスの影響は少ないと立証されたことである。実際、このような既存事業と関連性のない多角化戦略が業績に与える平均的効果は、1970年代から1990年代にかけては明らかにマイナスであったのに対し、90年代後半以降ではほぼゼロとなっている。

こうした結果は、どのような要因によって説明できるだろうか。

多角化が業績に与えるマイナスが少ない要因

まず1つ挙げられるのは、近年になり多角化のコストが低下していることである。資本市場の効率化、コーポレートガバナンスの強化、価値志向の業績指標やインセンティブの普及、そして情報通信技術の進歩による透明性が向上し、企業の舵取りがしやすくなったことによって、価値を破壊する行為に係るリスクは低下したと考えられる。ほかに考えられることとしては、多角化のメリットは依然として存在しており、多角化企業は資本、知識および経営人材の内部市場化による財務的・組織的優位を実現しているということだ。

とはいえ、以上はあくまで平均値に基づく議論であり、多角化による正味のメリットは企業間で大きな差が生じている可能性がある。ある企業にとってどの程度の多角化が最適なのかは、その企業にとって多角化のメリットおよびリスクの発生源となるさまざまな要素の相対的重要度に依存する。例えば、アジアおよびラテンアメリカの大部分の諸国では、多角化度の高いコングロマリットは依然として国家経済を支配している。また多くの同族経営企業は、リスク分散および会社の長期存続のために意図的に高レベルの多角化を選択している。多角化が保険のような働きをすることを示す証拠は実際に存在する。例えば、(2008~2009年の金融危機のような)危機に際して、多角化企業の相対的評価額は上昇し、資金調達が比較的低コストで容易にできることから、投資の継続や危機後に備えた競争力の強化に使うことができた(Beckmann et al.2012; Kuppuswamy and Villalonga 2016)。

結局のところ、多角化戦略それ自体は企業経営にとって有利とも不利ともいえない。多角化に成功した企業に関する無数の例が示している通り、さまざまな多角化モデルとそれに対応する全社戦略は、適切な方法で実行されれば機能する。「多角化戦略は、(平均的には)価値を創造する戦略であるか否か」という問いから、「全社戦略をどのように駆使すれば、多角化企業を効果的に経営し企業価値を高められるか」という、より興味深い問いに視点を移すべきである。

※1:ある対象を評価する際に、目立ちやすい特徴に引きずられてほかの特徴への評価が歪められること。光背効果ともいう。ハローとは、聖人の頭上に描かれる光輪のこと。
※2:過去に行われた類似研究のデータを収集・統合し、統計手法を用いて解析する研究やその手法のこと。
※3:ここでの先行研究に関する議論は、ルメルトによる多角化企業研究を下敷きにしている。多角化研究の嚆矢とされる同研究では、米国企業200余社のデータから多角化戦略を類型化、経済的な成果との関係を分析し、中程度に関連性のある多角化は資本効率が高いが、中から高程度に関連性のない多角化を行った企業は、平均あるいはそれ以下の業績であるとした。その後、多くの追究が行われているが、多くは非関連多角化が業績にマイナスの影響を与えるという結果となっている。それに比べて、本書で指摘するような90年代以降から最近の傾向は興味深いものである。
Rumelt, R. P.(1982). Diversification strategy and profitability. Strategic management journal, 3(4), 359-369.