何かを提案をした時、こんな言葉を言われたことはないだろうか?
「なんか、普通だね」「他の商品・サービスと何が違うの?」「この会社でやる意味ある?」
などなど。サービスや商品、仕組みなど、新しい何かをつくろうとするとき、誰もが一度は投げかけられる言葉だろう。
そんな悩めるビジネスパーソンにおすすめなのが、細田高広氏の著作『コンセプトの教科書』。本書には、
「教科書の名にふさわしい本!」
「何度も読み返したい」
「考え方がクリアになった」

といった読者の声がたくさん寄せられている。
この連載では、グローバル企業、注目のスタートアップ、ヒット商品、そして行列ができるお店をつくってきた世界的クリエイティブ・ディレクターの細田氏が、コンセプトメイキングの発想法や表現法などを解説する。新しいものをつくるとき、役立つヒントが必ず見つかるはずだ。

【知っておくべき】2023年・世界1位になったイノベーション「舌を11番目の指にする」とは?Photo: Adobe Stock

GoogleのAlpha Goに続け

 カンヌでフェスティバルと聞けば、映画祭を思い浮かべるかもしれません。実は映画祭の後に、もうひとつ、より規模の大きなフェスティバルが開催されています。それがビジネスの創造性を讃えるCannes Lions International Festival of Creativity (通称 カンヌライオンズ)です。

 今年も6月19日から23日までの一週間にわたって開催され、世界中の大企業、テックカンパニー、メディア、広告会社などから、小さな町が溢れかえるほど、たくさんの人々が派遣されました。

 映画祭と同様に参加者の最大の関心ごとは「賞」の行方です。数多くある部門の中で、筆者はイノベーション部門の審査員を務めました。イノベーション部門とは、生活や社会を変えるイノベーションの創出につながった創造性を見つけて讃える部門です。

 2016年には、囲碁で人間のチャンピオンをやぶったGoogleのAlphaGoがグランプリとなって注目され、今に続くAIブームのきっかけのひとつとなりました。他にも、この部門で選ばれたものの多くはのちに社会に大きなインパクトを与えており、カンヌライオンズの中でも注目度の高いカテゴリーです。

2023年のイノベーション・グランプリは?

 ここで今年度、グランプリに輝いたのがAUGMENTALというMIT(マサチューセッツ工科大学)から生まれたスタートアップでした。

 これまで両手が不自由な方の入力装置としては音声コントロールや、口に咥えて使うマウススティックなどがありました。しかしながら、音声は学校の授業中、電車や飛行機での移動中は使えません。またスティックは口腔内の負荷が高く、前歯を失ってしまうことも少なくありませんでした。

 こうした課題を解決するべく開発されたのが「MouthPad」(マウスパッド)です。

 形状は透明なマウスピースで、中にセンサーと小さなコンピューターが埋め込まれています。ユーザーはこのマウスピース状のデバイスを上顎に装着し、舌で上顎を撫でるようにして操作します。まるで口の中がマウスパッドのようになり、自在にコンピューターやゲーム機などを操れる、という仕組みです。

参考)augmental https://www.augmental.tech/

舌は「11番目の指」になる?

 実際に目の前でデモを見て、それがいかに簡単で自由な操作を可能にするか、テクノロジーの優位性はすぐに分かりました。ただ、私は技術と同じくらい「舌を11本目の指にする」というコンセプトが素晴らしいと判断しました。

 言われてみれば、舌は指のように器用に動かせる唯一の器官。両手が動かせなくなったときに、舌ほど最適な代替手段はありません。「11本目の指」と捉えたからこそ、これまでのデバイスとは違う使用シーンの提案も生まれました

 例えば、自由にゲームをすること。絵を描くこと。そして自由なマスターベーションです。マウスパッドは音声認識に変わる「単なる入力装置」ではなく、ハンディキャップのある人が、より人間的な暮らしができるよう解放することができるかもしれない。チームはそんな可能性を提示し、審査員はもちろん、世界中の潜在的ユーザーの共感を得ることに成功しました。

物語で完成するイノーベーション

 私たちはどこかで、イノベーションを技術的な新しさ「だけ」で捉えていないでしょうか。イノベーションとは本来、生活や社会を不可逆的なかたちで変えることです。テクノロジーはあくまでその手段。変化の先を鮮やかに、そして魅力的に伝える力がなくては、投資家や支援者、およびユーザーを巻き込むことができません。

 つまり、その変化が実現することはありません。ストーリーテリングとは、イノベーションに欠かせない大切な技術なのです。

 このほかにも、『コンセプトの教科書』では、発想法から表現法まで、コンセプトづくりを超具体的に解説しています。