安藤寿康(著)
定価935円
(朝日新聞出版)
一方、分別がつく歳になっても、衝動に身を任せてものを盗んだり、人をだまして悪事を働いたり、繰り返し性犯罪を犯してしまう根底には、その人の遺伝的素質がかかわってきます。ただ、誤解してはならないのは、そのような遺伝的素質があると必ず罪を犯すとは限らないということです。これらに非共有環境も大きく影響することを示しています。これは一人ひとり異なるだけでなく、同じ人においても状況によって異なる環境の影響を意味します。つまり素質があっても、罪を犯すことのできる状況に出くわさなければ犯罪には至らないのです。どろぼうは、もちろんそれをする人が悪いに決まっていますが、家に必ず鍵をかけ、どろぼうをさせない状況にしておくこともまた大事なことであるのは、言うまでもありません。
このように行動遺伝学は、遺伝についてだけでなく環境についても有効な示唆を与えてくれる知見を生み出しています。ここまで特に人の子の親として行うことのできる環境のつくり方を示してくれている研究例をご紹介してきました。子どもの育ちは親しだいと謳う育児書も少なくありません。それに対して行動遺伝学は、子どもも遺伝的に独自の存在として生きていることが示される以上、子育て万能主義には立てないと考えています。しかしそれは遺伝決定論なのではなく、子どもの遺伝的素質に寄り添って親自身の生き方やふるまい方を調整し、子どものより良い人生に寄与できる可能性もあることを、頑健なエビデンスで示してくれているのです。
安藤寿康 あんどう・じゅこう
1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学名誉教授。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。日本における双生児法による研究の第一人者。この方法により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティ、学業成績などに及ぼす影響について研究を続けている。『遺伝子の不都合な真実─すべての能力は遺伝である』(ちくま新書)、『日本人の9割が知らない遺伝の真実』『生まれが9割の世界をどう生きるか─遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(いずれもSB新書)、『心はどのように遺伝するか─双生児が語る新しい遺伝観』(講談社ブルーバックス)、『なぜヒトは学ぶのか─教育を生物学的に考える』(講談社現代新書)、『教育の起源を探る─進化と文化の視点から』(ちとせプレス)など多数の著書がある。
※AERA dot.より転載