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バスオタクに運転中ずっと話しかけられる。朝の忙しい時間帯、停車するたびに急いでいる客から舌打ちされる。トイレに行く時間がなくて、尿がちょろっと漏れてしまうことも……。路線バス運転士が、意外と知られていない「あるある苦労話」を綴る。本稿は、須畑寅夫『バスドライバーのろのろ日記』(三五館シンシャ)の一部を抜粋・編集したものです。
朝の混雑時間に続出する
イラつく客のため息や舌打ち
平日の朝、通勤や通学のお客が多く乗車すると、バス停ごとの停車時間が長くなる。この時間帯はクルマの数も多くなり、駅に近づくにつれて渋滞が発生してくる。都市部の朝は、どこもこんな感じでバス運行に遅れをきたす。
国道16号線とバイパスが交差する交差点に差しかかり、信号が青色から黄色に変わったときだった。ブレーキを踏んで停車すると、運転席後方から「はぁ~」というため息が聞こえる。
これでもう3度目。黄色信号で停車するたびにこちらに知らせるようにわざとらしく大きなため息をつくお客がいる。車内ミラーで確認すると、くたびれたスーツを着た、50代と思われる男性のようだ。黄色信号での停車に対し、「遅れているんだから、そのくらいのタイミングなら、止まらず行っちゃえよ」という意思表示なのであろう。
このお客ほど露骨ではなくても、舌打ちをしたり、ため息をついたりするお客は多い。
黄色信号での停車は道路交通法上、守るべきルールだが、片側2車線以上ある道路で並走しているクルマが止まらずに走り去っていくのに、自分の乗っているバスが停車すると、のろのろと運転しているように思えてイラッとするようだ。
1回の信号で停車する時間は数十秒程度。黄色信号を無視して突っ走るよりも、バス停でのお客の乗降を迅速にするほうが時間の短縮になる。黄色信号で止まって舌打ちをするくらいなら、一本前のバスに乗ってほしいものだ。
法定速度を守って走っているときも同様で、私に聞こえるか聞こえないか程度の小声で「おせーなぁ」とか、ため息まじりに「トロイなあ」とぼやくお客もいる。そういう声ほど不思議と耳に入ってくる。聞かせたくて言っているのだろうが、はい、バスドライバーにはよく聞こえております。
途中バス停にあるバスの時刻表は、電車の時刻表と違う。電車では発車時刻を意味するのに対し、バスの場合は「その時刻より早い時間には発車しませんよ」という意味なのだ。
電車と違ってバスは信号で止まったり渋滞があったり、運賃収受やお客の対応などで時間を使うため、電車のような定時運行は難しい。バス停の時刻表に表記された時刻より遅れることなどしょっちゅうだ。なお、時刻表に表示してある時間より1秒でも早く発車してしまうと「早発」という運行ミス扱いになる。私の同僚で20秒早発して処分を受けた運転士が実際にいる。
お客にはそういったバス会社側の事情を斟酌しない人がいる。バス停に1分遅れて到着したときだった。
「お待たせしました。横浜駅行きです」
そう言って前扉を開けると、40代くらいの男性が乗り込んできた。
不機嫌そうに顔をしかめ、自分の腕時計をこれみよがしに見せつけながら、「遅いじゃねえか。何分遅れているんだよ」と文句を言ってくる。
「1分しか遅れていませんよ。バスが道路事情によって遅れることがあるのは当たり前でしょう」
そうノドまで出かかっているが、こうしたお客にそんなことを言えば火に油を注ぐことになるのは目に見えている。「お待たせして、すみませんでした」と謝る。
さすがに1分遅れで文句を言う人は珍しいが、5分ほど遅れたときは、電車に間に合わないとか会社や学校に遅れるとか言って急かしてくるお客や、クレームをつけてくるお客が結構いる。
この仕事に就いたばかりのころは、こんなクレームが気になって仕方なかった。「おせーなぁ」と言われれば腹が立ったし、イラつきもした。言い返してやろうかと思ったのも一度や二度ではない。
しかし、入社して1年ほどがすぎ、何度もこんな経験をするうちに慣れるようになった。「慣れる」という表現はおかしいかもしれないが、「そういうものだ」と受け入れられるようになった。それにより、腹立ちやイライラもずいぶんと軽減した。「慣れ」とはすごいものだと思う。
一方で、こんなことに慣れて、何か言われても「そういうものだ」と思ってしまう自分が怖くなることがある。でも、慣れなければやっていられないのもバスドライバーの真実なのである。
トイレは我慢するのが基本!?
ちょろっと漏れてしまうことも
バスドライバーになって困ったことがある。寒いと小便が近くなってしまうことだ。
年齢を重ねるごとに小便が近くなってきた。乗務中、小便の我慢がかなり苦痛となる。私の場合、冬場の早朝だと30分もすると小便に行きたくなる。そんな状態だから、営業所から出庫する前にはもちろんトイレに行く。
「回送」で始発のバス停に向かい、念のため、そこでもまたトイレに行く。ただ、始発バス停にトイレのないところもあり、そのときは我慢するしかない。
乗務するルートは日によってまちまちだ。海老名駅から片道10分で終点に着くルートもあれば、たとえば、海老名駅発・羽田空港行きの高速バスのルートだと、第3ターミナルまで1時間10分はかかる。この間、運転士はトイレに行けない。
また、朝は慌ただしく、路線によっては道路が渋滞したり、お客の乗降が多く、その対応で大幅に運行が遅れたりすることがある。そうなると折り返し地点に到着後、すぐに次の運行をせねばならず、トイレに行く時間がなくなってしまう。
トイレに行きたくなるのは生理現象なので、ルール上は営業所に無線を入れれば運行に遅れが出てもトイレに行ってよいことになっている。しかし、そうはいっても現実的には難しい。
トイレに行くためには、バスを待っているお客の横を通り抜けることになるのだ。膀胱が四の五の言っていられない状況に追い込まれていれば、考える間もなくトイレに駆け込むだけだが、中途半端な状態が一番困る。
「行っておいたほうがいいよな」「いや、出発予定時刻はすぎているし、この程度ならまだ30分は我慢できるぞ」「でも、万一、我慢できなくなったらどうする」
「帰りの路線は道路も空いているし、前回も大丈夫だった」……。私の中の「行っておけ」派と、「まだ大丈夫」派が闘っている。
で、たいてい「まだ大丈夫」派が勝利する。朝の混雑時、出発を遅らせてお客を待たせてまでトイレに行く勇気は私にはない。
トイレを我慢して、折り返し運行を決行すれば、当然、運行中にトイレに行きたくなる。
「終点まであと10分」「あと8分」「頑張れ、あと5分」などと残り時間を考えつつ、足をモジモジしたり尿道に力を入れたりしながら運転している。場合により、ちょろっとだけ漏れてしまうこともある。いつもより車内アナウンスの声が甲高くなったりする。冬場の朝の運行ならではの苦労だ。
トイレ我慢もつらいので、なんとかならないかと病院に行った。医師が言うには、「歳をとって膀胱が固くなってきたので、尿が我慢できにくくなっている」。
そして処方されたのは「膀胱をやわらかくする薬」だった。薬で膀胱をやわらかくできれば、今よりも我慢がきくようになるという医師の言葉を信じ、藁にもすがる思いで1錠200円するその新薬を、1日1錠飲み始めた。
ところが、なかなか効果を感じない。寒さが本格化し、トイレの近くなる12月から飲み始めたのだが、1カ月経っても、2カ月経っても、状況は変わらない。
例年どおりのモジモジ我慢大会が続く。3カ月がすぎるころには尿意を我慢できるようになってきたが、これは薬のチカラではなく、季節が変わって気温が上がったおかげだろう。結局、この薬はこの年だけでやめた。







