お客にはそういったバス会社側の事情を斟酌しない人がいる。バス停に1分遅れて到着したときだった。

「お待たせしました。横浜駅行きです」

 そう言って前扉を開けると、40代くらいの男性が乗り込んできた。

 不機嫌そうに顔をしかめ、自分の腕時計をこれみよがしに見せつけながら、「遅いじゃねえか。何分遅れているんだよ」と文句を言ってくる。

「1分しか遅れていませんよ。バスが道路事情によって遅れることがあるのは当たり前でしょう」

 そうノドまで出かかっているが、こうしたお客にそんなことを言えば火に油を注ぐことになるのは目に見えている。「お待たせして、すみませんでした」と謝る。

 さすがに1分遅れで文句を言う人は珍しいが、5分ほど遅れたときは、電車に間に合わないとか会社や学校に遅れるとか言って急かしてくるお客や、クレームをつけてくるお客が結構いる。

 この仕事に就いたばかりのころは、こんなクレームが気になって仕方なかった。「おせーなぁ」と言われれば腹が立ったし、イラつきもした。言い返してやろうかと思ったのも一度や二度ではない。

 しかし、入社して1年ほどがすぎ、何度もこんな経験をするうちに慣れるようになった。「慣れる」という表現はおかしいかもしれないが、「そういうものだ」と受け入れられるようになった。それにより、腹立ちやイライラもずいぶんと軽減した。「慣れ」とはすごいものだと思う。

 一方で、こんなことに慣れて、何か言われても「そういうものだ」と思ってしまう自分が怖くなることがある。でも、慣れなければやっていられないのもバスドライバーの真実なのである。

トイレは我慢するのが基本!?
ちょろっと漏れてしまうことも

 バスドライバーになって困ったことがある。寒いと小便が近くなってしまうことだ。

 年齢を重ねるごとに小便が近くなってきた。乗務中、小便の我慢がかなり苦痛となる。私の場合、冬場の早朝だと30分もすると小便に行きたくなる。そんな状態だから、営業所から出庫する前にはもちろんトイレに行く。

「回送」で始発のバス停に向かい、念のため、そこでもまたトイレに行く。ただ、始発バス停にトイレのないところもあり、そのときは我慢するしかない。

 乗務するルートは日によってまちまちだ。海老名駅から片道10分で終点に着くルートもあれば、たとえば、海老名駅発・羽田空港行きの高速バスのルートだと、第3ターミナルまで1時間10分はかかる。この間、運転士はトイレに行けない。