三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第13回は投資における「仮説」の大切さを語る。
魅力的な「仮説」を立てる
「投資を勉強しろ」「投資は勉強できない」。主人公・財前孝史に相反する言葉を投げかけた投資部主将の神代圭介は、この矛盾を解き明かすまで部室への出入りを禁止すると迫る。財前は、食卓での何気ない気付きを手掛かりに、神代の無理難題への自分なりの答えを見つける。
「運用成績は過去の実績で将来を保証するものではありません」
ご存じ、投資商品のただし書きの定番フレーズだ。マーケットは、一寸先は闇。過去の延長線上に未来はないのだから、既存の知識を勉強するだけでは答えは出ない。これが神代の真意であり、それに気づいてようやく「自分の法則を見つける出発点に立つことができる」。毎度のことながら、とても高校生とは思えない境地だ。
財前がたどり着いた答えは、「投資に必要なのは『魅力的な仮説』を立てる想像力」と整理できるだろう。未来が予測できれば最高だろうが、それは人智の及ぶところではない。知恵を絞って、多くの人がまだ気づいていない、マーケットに織り込まれていない仮説を見出す。あり得ないような仮説は、ただ分が悪いだけの賭けになってしまう。
大事なのは仮説が魅力的であること、確率の言葉で言い換えれば期待値が大きいことだ。蓋然性が高いか、可能性は低くても現実になればインパクトが大きいシナリオを見つけなければならない。
「このままだとトヨタも赤字になるぞ」
凡庸な私にも、「魅力的な仮説」が浮かんだ経験がある。
時は2008年9月、米投資銀行リーマン・ブラザーズの唐突な破綻の直後だった。すでに株式相場は急落していたが、大多数の関心は「次に危ないのはどの銀行か」だった。余裕資金を抱える日本の大企業のビジネスにも深刻な打撃になると考える人は少数派だった。
その時、私は「韓国の自動車部品メーカーが米国への輸出を停止した」という小さなニュースを目にして、「世界中の自動車メーカーが赤字に陥る」という仮説にたどり着いた。記事には輸出の停止理由に「輸入する取引先が金融機関から支払いの保証を受けられなかったため」とあった。
モノの輸出入の裏側には貿易金融というお金の流れがある。要するに、輸出企業と輸入企業の代金のやりとりを、お互いの取引銀行がバックアップする仕組みだ。リーマンショックは、このグローバル貿易のインフラを機能不全に追い込む衝撃があった。
お金が止まれば貿易が止まり、サプライチェーンが詰まって生産も止まる。そんな状態では顧客の自動車ローンもまともに組めない。作れない、売れない、となれば、どんな自動車メーカーでも固定費で赤字まっしぐら――これが私の描いた筋書きだった。同僚の記者に「このままだとトヨタ自動車も赤字になるぞ」と話すと、「え!本当ですか?トヨタが赤字って、あり得なくないですか」という反応が返ってきた。
投資家なら空売りをかけるところだろうが、記者時代なので株式投資はご法度。私は社内ルールに抵触しない金(ゴールド)を買い増しして、最悪のシナリオに備えた。結果はご存じの通り。トヨタは創業期以来となる営業赤字に陥った。
何やら自慢話めいてしまったが、28年も経済記者をやって、同じようなレベルの仮説を思いついたのはせいぜい数回にすぎない。「これは」と思った大胆な仮説が大ハズレ、という経験も同じくらいある。
債券市場の取材経験が長すぎるせいか、私はどうにも悲観的に物事を見るバイアスが強く、投資家としての想像力には全く自信がない。古くからあるマーケットの俗諺によれば「債券は株式より賢い」らしいが、柔軟な想像力では株式市場関係者に軍配が上がるように思う。
さて、妙に老成した高校生・神代は、今度は習慣としている壁打ちだけで本職のテニス部にも勝てる、と財前を挑発する。テニス勝負の行方だけでなく、それがどう投資に結び付くのか、楽しみだ。