日本経済の実力低迷で円の購買力が低下
円ベースで見た金価格の上昇率は、米ドルやユーロ建てを上回っている。円が下落した要因として、1990年代以降、わが国の経済の実力である「潜在成長率」が落ち込み、円の購買力が低下したことは大きい。円の価値が下落した分、金の円ベースの価格が上昇したのだ。
日本経済を振り返ると、80年末まで、世界におけるわが国経済の実力は向上していた。家電、自動車、メモリー半導体などの分野で企業は世界的な競争力を発揮し、高付加価値の最終製品を数多く供給した。企業の業績は拡大し、賃金も上向いた。
GDP成長率は高まり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされた時期もあった。日銀の推計では89年の潜在成長率は4%を上回った。その年、世界の株式時価総額トップ10社のうち、7社は日本企業だった。
ところが、90年初頭、バブル崩壊が訪れた。株価や地価の下落、不良債権処理の遅れ、金融システム不安の発生などによって経済はデフレに陥り、景気は長期に停滞することになる。
企業はリストラによってコストを減らしつつも、新卒一括採用や年功序列、終身雇用からなる雇用慣行は維持した。これにより経済全体で在来分野に雇用が張り付き、成長期待の高い分野に企業がヒト・モノ・カネを再配分し、収益の得られる領域を拡大することが難しくなってしまった。
その結果、90年代に米国で始まったIT革命や、新興国経済の成長に伴う国際分業への対応が遅れた。加えて、人口減少や地方では過疎化が深刻化し、経済は縮小均衡に陥った。
内閣府の推計では2023年4~6月期、3年9カ月ぶりにわが国の需要が潜在的な供給力を上回ったという。ただ、停滞が長引いただけに、持続的かつ自律的に需要が増え始めたと論じるのは尚早だ。7月以降も、円はドルやユーロに対してじり安基調となった。その裏返しに、円建ての金価格は上昇した。