レカネマブと偽薬との差は
生物学的に有意な差ではない
アルツハイマー病の進行度を評価するために今回使われたのは、認知症の重症度を評価する尺度CDR(Clinical Dementia Rating)です。18点満点の評価で、数値が高いほど症状が進行していることを示すのですが、レカネマブとプラセボ(偽薬)との差は0.45でした。具体的には前者は1.21点分、後者は1.66点分の悪化であり、どちらも症状が悪くなったことは変わりありませんが、レカネマブの悪化の度合いが0.45点分小さかったので、「改善」とされたということです。前出の27%とは、1.66に対して、0.45がどれだけの比率かを示したものです。
この研究が発表される前は、少なくとも専門家たちの間では、1点の変化は有意であると考えられていました。しかし、レカネマブの差はその半分だったわけです。統計学的には有意な進行抑制であっても、生物学的には実質のない差であることを示すデータといえます。
服用してもしなくても、患者の家族はその差に気付かないでしょう。27%という数字を聞いて期待を膨らませている患者の家族には申し訳ありませんが、期待しない方がいいでしょう。
仮説をひっくり返す
検証結果
ここでこの薬が前提としている仮説を説明しましょう。レカネマブはアミロイドβ(以下Aβ)という有害タンパク質を除去する作用を持っています。これはAβの蓄積がアルツハイマー病発症の主な引き金になり、さまざまな事象のカスケード(連鎖反応)が起きてアルツハイマー病が発症するという前提に立っていることを意味します。これは「アミロイドカスケード仮説」と言われています。
ところが実際には、ヒトでもマウスでも、健康な脳にアミロイドを加えたからといって、アミロイドカスケードが始動するわけではないのです。ヒトの場合、アルツハイマー病患者の脳からアミロイドを除去しても病気の進行は止まらないですし、アミロイドの前駆体であるAPPからアミロイドを切り出せないようにしても、病気を食い止められないばかりか、ヒトでもマウスでも健康を損なうのです。
仮説としては魅力的ですが、これだけの欠陥がある以上、アミロイドカスケード仮説はjust don’t pass the smell test(信用性のテストに合格しない)です。
もちろん、仮説が検証に耐えないからといって、アミロイドを蓄積している人の方が発症しやすいのは事実であり、アミロイドの生じたマウスは空間記憶に不具合をきたします。しかし、ヒトの場合は、発症リスクが高まるといってもたかが知れており、マウスの場合は不具合が軽微です。しかもその不具合は人間のアルツハイマー病患者の状況とほとんど関連が見られません。