お酒の強さは何で変わるのか?

 肝臓で処理しきれないほどのお酒を摂取すると、多量のアセトアルデヒドが体をめぐり、頭痛や吐き気などの症状を長引かせるのである。アセトアルデヒドを分解するアルデヒド脱水素酵素には、1型(ALDH1)と2型(ALDH2)の二つのタイプがある。実はALDH2の働きの強さは、両親から引き継いだ遺伝子のタイプによって個人差がある。

 人によってお酒に「強い」「弱い」の差があるのはそのためだ。お酒に「弱い」のは、酵素の活性が弱い、あるいは酵素を持たないことが理由であり、遺伝子によって決まる生まれ持った性質だ。よって、「訓練すればお酒に強くなる」ことはない。

 一方、メタノールの中間代謝産物であるホルムアルデヒドが水に溶けたもの(水溶液)が、「ホルマリン」である。生物の標本を作成する際に、防腐・固定処理に使う物質だ。学校の理科室でホルマリン漬けにされた標本を見たことがある人も多いだろう。

 ちなみに、ホルマリンは私たち外科医が毎日のように用いる液体でもある。手術で切除した組織や臓器は、何もせずに放置すればたちまち腐敗してしまうため、なるべく早くホルマリンに浸す必要がある。ホルマリンによって組織の変化を完全に停止させることを「固定」という。

 固定された組織や臓器は、病理検査に提出され、病理診断科のスタッフが顕微鏡で観察して病気を診断する。患者の治療方針を左右する、極めて重要なこのプロセスにおいて、ホルマリンはなくてはならない液体だ。

 なお、手術や病理診断に関わらない医師たちも、ホルマリンの鼻をつく独特の臭いを誰もがよく知っている。なぜなら、医学部の解剖学の講義で、ホルマリンで固定されたご遺体を用いて人体解剖を行った経験があるからだ。

顔が赤くなる人は要注意

 お酒を飲んで顔が赤くなることをフラッシング反応と呼び、少量の飲酒でもこうした反応が現れる人を「フラッシャー」という。「flush」とは、「顔が紅潮する、ほてる」といった意味の英語だ。フラッシャーの多くはALDH2の働きが弱いとされ、アセトアルデヒドの分解が遅いために、「酔い」の症状を呈しやすい。

 実はALDH2の働きが弱い、またはない(低活性または非活性)タイプは東アジアの人々(黄色人種)に多く、フラッシング反応は「アジアンフラッシュ」と呼ばれることもある。特に日本人は世界的に見てもトップクラスにALDH2が低活性または非活性型が多く、その割合は四~五割に上る(2)。

日本人はお酒に弱い

 とにかく日本人には、「お酒に弱い人」が多いのだ。宴会に参加したことがある日本人は、周囲の半数近い人たちが顔を赤くしている様子を見ても、見慣れた光景だと感じるはずである。ALDH2の働きが弱いタイプでも、長年の間、習慣的に飲酒をすれば体に「慣れ」が生じ、不快な症状を感じにくくなる。

 しかし酵素の働きが変わるわけではなく、体にアセトアルデヒドが蓄積しやすいのは変わらない。飲酒は食道がんの最大のリスクだが、特にフラッシャーは食道がんになりやすいことが知られている。「少量の飲酒で顔が赤くなる」または「飲み始めた頃の一〜二年間は顔が赤くなる体質だった」という人は、フラッシャーである可能性が高い(3)。

「どのくらい効率良くアルコールを無害な物質にまで代謝できるか」は、人によって違う。体が「お酒に弱い」にもかかわらず、多量に飲酒するのは禁物なのである。

【参考文献】
(1)Masaryk University「Mass Methanol poisoning in the Czech Republic in 2012」
https://www.muni.cz/en/research/publications/1358363
(2)"ALDH2, ADH1B, and ADH1C genotypes in Asians: a literature review" Eng MY, Luczak SE, Wall TL. Alcohol Res Health. 2007;30(1):22-7.
(3)厚生労働省e‒ヘルスネット「フラッシング反応」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/alcohol/ya-008.html)

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学からの抜粋です)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に17万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。
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