人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊される。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【外科医が教える】食べ物と空気を同じ入り口から取り込んで瞬時に選り分ける…の優れたしくみの功罪Photo: Adobe Stock

「死因第6位」は意外な病名

 二〇二一年の死因順位を見ると、約四分の一を占める一位のがん(悪性新生物)をはじめ、心疾患や老衰など、誰もがよく知る病気が並んでいる。この中で特に知名度が低いと思われるのは、六位の「誤嚥性肺炎」である。

 国立国語研究所の調査によれば、「誤嚥」という言葉の認知率は五〇・七パーセントと低く、発音のよく似た「誤飲」と誤解している人は一三・九パーセントいるという(1)。

「誤飲」は、食べ物でないものを誤って飲み込んでしまうことだ。おもちゃや電池、たばこを小児が飲み込んだり、高齢者が義歯(入れ歯)を飲み込んだりするケースが多い。

 一方、「誤嚥」は全く別の現象だ。食べ物や飲み物が空気の通り道(気道)に誤って入ってしまうことを指す。誤嚥の「嚥」は「飲み込む」という意味を持ち、何かを飲み込む動作を「嚥下」という。いずれも、日常生活ではあまり使われない医学用語だ。

喉のすごすぎるしくみ

 実は私たちの体は、飲食物と空気を同じ入り口から取り込み、そのすぐ後で二つに選り分ける、という煩雑な仕事を日常的に行っている。喉の奥には、気道に向かう道と、食道に向かう道が二股にわかれている。食べ物や飲み物を飲み込むときは、その瞬間に気道の入り口のフタが閉じるため、食道側にしか流れない。

 このフタを「喉頭蓋」という。「蓋」は「フタ」という意味だ。

 想像してみてほしい。会食の席で気のおけない友人とおしゃべりをしながら、無意識に呼吸をしつつ、おつまみを口に運び、ビールを味わう。

 この間、喉の奥はせわしなく動き、飲食物と空気を常時選り分ける。私たちはこのことを一瞬たりとも意識せずに会話に興じ、食事を楽しむことに熱中できる。

 恐ろしくよくできたしくみである。

 では、口から取り込んだ食事が誤って気道に流れ込むと、何が起きるのだろうか?  誰もが経験するように、激しくむせて、ひどく苦しい思いをすることになる。気道に侵入してきた異物を、体が反射的に追い出そうとするからだ。

私たちが背負う宿命

 若くて健康な人であれば心配ないが、高齢になるとそうはいかない。誤って気道に入ってきた異物を排出する機能が衰えているからである。その上、年齢とともに飲み込む力は落ち、飲食物と空気の「選別ミス」自体も増える。食べ物や飲み物が、口腔内の細菌と一緒にしばしば肺に入り込み、そこで肺炎を起こしてしまう。

 悪化すれば命に関わることもあるのだ。こうして起こるのが、誤嚥性肺炎である。「誤嚥」というリスクは、空気と飲食物を「同じ穴」から取り込む私たちが背負う、一つの宿命なのである。

【参考文献】
(1) 国立国語研究所「「病院の言葉」を分かりやすくする提案 4.誤嚥(ごえん)」
https://www2.ninjal.ac.jp/byoin/teian/ruikeibetu/teiango/teiango-ruikei-a/goen.html

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学からの抜粋です)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に17万部のベストセラー『すばらしい人体 』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。
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公式サイト https://keiyouwhite.com