「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の書籍『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!
※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。
競争の本質は競争しないこと
生物学者の稲垣栄洋さんは、「ナンバーワン」と「オンリーワン」についてゾウリムシを使って説明している。
ゾウリムシとヒメゾウリムシをひとつの水槽で飼うと、水やエサが豊富にあるにもかかわらず、最終的にヒメゾウリムシが生き残り、ゾウリムシは駆逐されて滅んでしまう。生き物の世界は弱肉強食なので、ナンバーワンでなければ生き残れない。ところがヒメゾウリムシをミドリゾウリムシに替えると、ゾウリムシとひとつの水槽のなかで共存できるのだ。
なぜこのちがいが生じるかというと、じつはゾウリムシとミドリゾウリムシは棲む場所とエサが異なる。ゾウリムシは水槽の上の方にいて、浮いている大腸菌をエサにしている。一方、ミドリゾウリムシは水槽の下の方にいて、酵母菌をエサにしている。
このように、同じ水槽のなかでも棲んでいる世界が異なれば、それぞれの場所でナンバーワンになることができる。これを生態学では「棲み分け」というが、「ニッチ」の方がわかりやすいだろう。
この話は前著『幸福の「資本」論』で紹介したが、それは自然界における生き物の戦略がそのまま人的資本の形成に当てはまるからだ。よく誤解されるが、これは「生き物を比喩にビジネスや人生を語る」ということではない。生き物には38億年の長い進化の歴史があり、ニッチ戦略は「ナンバーワン」をめぐる激しい競争のなかで生まれた唯一の正解だ。人間の浅はかな知能で、それを上回る戦略を考えつくわけがない。
その後稲垣さんは、より直截的に生き物の戦略とビジネスの関係について論じるようになる。ここではその要点を簡単に紹介しておこう。
まず、「競争の本質は競争しないこと」にある。なぜなら、競争には大きなコストがかかるから。つねに敵との戦いにあけくれていれば、生殖のための資源がなくなってしまう。このようなコスパの悪い戦略は、冷酷な進化の法則によって、たちまち遺伝子プールから排除されてしまっただろう。
これは、「競争が激しければ激しいほど、生き物は競争を避けるようになる」ということでもある。その結果、競争せずに棲み分けるニッチ戦略が広まったのだ。
アフリカのサバンナでシマウマとキリンがのんびりと過ごしているのは、シマウマは草原の草を食べ、キリンは高いところにある木の葉を食べるというようにエサ場を分けているからだ。この効率的な棲み分けは、神の叡智や大自然の包容力が生み出したものではなく、ナンバーワンでオンリーワンの種しか生き残れないという自然界の残酷さの結果なのだ。
この残酷さは、人間世界でも同じだ。わたしたちも、それぞれの環境で「ナンバーワンになれるオンリーワンの場所」を獲得しなければ生き延びることができない。