「この本は、まちがいなく買いだ」。竹内薫氏絶賛の1冊『僕たちは、宇宙のことぜんぜんわからない』。本書は、「宇宙は何でできてるの?」「ビッグバンの時には何が起こったの?」「ダークマターって何?」「宇宙で僕らはひとりぼっちなの?」……こんな「まだ解かれていない宇宙の謎」を解説する「世界一わかりやすくて面白い宇宙入門」だ。本連載では、本書の一部から抜粋して、わかりやすい宇宙の話をお伝えする。
どうやったらダークマターを調べられるんだろう?
何かが間違いなく存在している。その何かは、星々が宇宙空間に飛んでいってしまうのを防いだり、銀河からやって来る光を曲げたりする。
また、スローモーションで爆発する車から振り返らずに歩いて出てくるアクションヒーローのように、宇宙の巨大な衝突をそのまますり抜けていく。
ダークマターは、そんなかっこいいヤツなんだ。
でもダークマターは何でできているんだろう?
「宇宙は何でできているのか」という大きい疑問にも、その中でいちばん調べやすい5パーセントを調べただけでは答えを出したことにはならない。
27パーセントも占めるダークマターを無視するわけにはいかないのだ。
最初の疑問に短く答えるなら、ダークマターが何なのかはまだほとんどわかっていない。
存在していることはわかっているし、だいたいどこにどのくらいの量があるかもわかっている。
でも、それがどんな粒子でできているのか、そもそも粒子でできているのかどうかもわかっていないのだ。
1種類の変わった物質で宇宙全体を説明してしまいたくなるかもしれないけれど、慎重になったほうがいい。
広い心を持っていないと、僕らの宇宙観を変えるような発見はかなわないのだから。
前に進むためには、いくつか具体的なアイデアを出して、そこから何か結論を導いて、それを検証するための実験を工夫しないといけない。
単純で、しかも具体的な説を1つ紹介しよう。
ダークマターはある1種類の新しい粒子でできていて、その粒子は新たな力でふつうの物質とごくごく弱く作用しあうという説だ。
どうして1種類だけなんだろう?
いちばん単純で、最初に試してみるのにちょうどいいからだ。
もちろん、ダークマターもふつうの物質と同じように何種類もの粒子でできている可能性だってある。
そうしたダーク粒子はいろいろ複雑な相互作用をして、ダーク化学、ダーク生物学、名曲「ダークライフ」、果てはあの真っ黒なモンスター・デスターキーをもつくり出しているかもしれない(考えるとぞっとする)。
この仮説上の粒子は、「弱く相互作用する質量のある粒子」(Weakly Interacting Massive Particle)の頭文字を取ってWIMP(ウィンプ)と呼ばれている[wimpとは「弱虫」という意味]。
WIMPは、仮説上の新しい力を使って、僕らの知っている物質とごくごく弱く作用しあうのではないかと考えられている。
その強さはニュートリノと同じくらいのレベルだという。一時期、別の説として、ふつうの物質が集まった木星サイズの巨大な塊なんかも検討された。
それはWIMPと区別するために、MACHO(マッチョ)(「重くて宇宙物理学的なコンパクトなハロー天体」(Massive Astrophysical Compact Halo Object))というあだ名がつけられた[machoとはいわゆる「マッチョ」という意味]。
ダークマター粒子がふつうの物質と重力以外の力で作用しあうのかどうか、実際にはわかっているんだろうか?
わかっていないのだ。でもそのほうがずっと簡単に検出できるから、そうであってくれとみんな願っている。
そうしてすごく難しい実験に挑みながら、もっと不可能な実験に挑戦せずに済みますようにと祈るのだ。
この仮説上のダークマター粒子を検出するための実験がいろいろ考え出されている。
昔ながらの方法が1つある。圧縮した低温の希ガス[キセノンなど]を容器に入れて、そのまわりに検出器を並べ、希ガスの原子1個にダークマターがぶつかるのを検出するのだ。
いまのところその手の実験ではダークマターの証拠は見つかっていなくて、ようやく検出できそうな規模と感度になったところだ。
もう1つの方法は、高エネルギー粒子コライダーを使って、ふつうの物質の粒子(陽子や電子)をものすごいスピードに加速して衝突させ、ダークマターをつくり出すという方法だ。
実験自体もすごいけれど、おまけに新しい粒子を探せるというメリットもある。コライダーは物質の種類を変えるパワーを持っているからだ。
粒子どうしが衝突すると、その中身が組み替わるだけじゃない。物質が消滅して新たな形の物質が生まれるのだ。
まるで素粒子レベルの錬金術だ(冗談で言っているわけじゃない)。だから、何が見つかりそうか前もってわからないのに、ほとんどどんな種類の粒子でもつくれてしまう(とはいっても限界はあるけれど)。
科学者は現在、たくさんの衝突を調べて、ダークマター粒子ができたらしい証拠をせっせと探しているのだ。
3つめの方法は、ダークマターがたくさん集まっていそうな場所に望遠鏡を向けるという方法。
そうした場所の中でも地球にいちばん近いのが銀河系の中心で、そこにはダークマターの巨大な塊があるらしい。ダークマター粒子が2個たまたま衝突すると、互いに消滅してしまう。
でも、もしダークマターどうしが何らかの形で作用しあうと、衝突によってふつうの物質の粒子に変わるかもしれない。
ちょうど、ふつうの物質の粒子が2個衝突してダークマターが生まれるかもしれないのと同じだ。
もしそれが頻繁に起こっていたら、生まれたふつうの物質の粒子はある特徴的なエネルギーと場所の分布を示すだろう。
それを望遠鏡で観測すれば、ダークマターの衝突でつくられた粒子らしいとわかる。
でも、そのためには銀河系の中心で何が起こっているかが詳しくわからないといけないけれど、それもまた謎だらけなのだ。
どうしてダークマターが大事(マター)なの?
これまでいろんな発見や進歩があったけれど、宇宙の素性はまだほとんど謎のままだ。
ダークマターはそれを解き明かす大きな手掛かりになる。知識のレベルで言ったら、僕らは洞窟人科学者ウークやグルーグと同レベルだ。
現在の数学的・物理的な宇宙モデルの中に、ダークマターは入っていない。僕らをこっそり引き寄せている物質が大量にあるのに、それが何なのか、わかっていないのだ。
その大量の物質を理解していないのに、この宇宙を理解したなんて言い張るわけにはいかない。
ダークで謎めいた不気味な物質がそこいらじゅうに漂っていると思うと、パラノイアにでもなりそうだ。でもその前に考えてみてほしい。もしダークマターが何かものすごい代物だったら?
ダークマターは僕らが直接感じられない何かでできている。見たこともないし、想像したことのない振る舞いもするかもしれない。
そんなものがここに存在していたら?
ダークマターが何か新しい種類の粒子でできていて、その粒子を高エネルギーコライダーでつくったり利用したりできたとしたら?
あるいは、ダークマターを見つける途中で、それまで知らなかった物理法則が見つかったとしたら?
たとえば、新しい基本的な相互作用とか、知られている相互作用の新しい使い方とか。
もっと言うと、その新発見のおかげで、ふつうの物質の新しい取り扱い方が見つかったとしたら?
生まれてからずっとあるゲームをしていて、ある日突然、特別なルールか新しい駒があったと気づいたら、いったいどんな気分だろう?
ダークマターの正体と振る舞い方が明らかになったら、どんな驚きの技術や知識の扉が開くんだろう?
いつまでもダークのままにしておくわけにはいかない。ダークだからといってどうでもいいわけじゃないんだから。