大人になると誰も教えてくれない、日本語の使い方を学びなおしましょう。国立国語研究所の教授が「雑な文章」を「ていねいな文章」へ書き換える方法をbefore→after形式で教える新刊『ていねいな文章大全』から、「語感と意味」のアンバランスが引き起こす問題について紹介します。(構成・撮影/編集部・今野良介)

語感とは何か

言葉には語感があります。

語感とは言葉の微妙なニュアンスのことであり、たとえ同じ内容を指しているように見えても、言葉が違えば伝わる意味は微妙に違います。

たとえば、「天気」と「天候」では同じ内容を指しているように見えるのに、どこか違う印象を受けます。

「天気」は日常的な軟らかい言葉であり、「今日の天気」「明日の天気」「一週間の天気」のように毎日の空模様を指しています。

これにたいし、「天候」は「天候不順」「天候不良」のような専門的な硬い言葉であり、「天候に恵まれて今年の稲は豊作だ」のように、よりまとまった期間を指します。

プラスの語感 マイナスの語感

語感においてとくに注意が必要で、違和感を与えやすいのが、プラスの語感とマイナスの語感です。

ポジティブな語感ネガティブな語感と言ってもいいでしょう。

次の例文を見てください。

【Before】
①予想を超える反響があり、数日で売上目標を達成した原因を考えてみた。
②バブル崩壊による景気後退の結果、失業率が戦後過去最高の水準にある。

ここで問題となるのは①の「原因」と②の「最高」です。

「原因」というのは、ある結果が起きるきっかけとなった要因を表す言葉ですが、よい結果のときには使いにくく、悪い結果を招いたときに使います。よい結果のときには「理由」との相性がよさそうです。

また、失業率が高いというのは、職を失った人の割合が高いことを表しますが、「最高」というのはよい語感を持つ言葉ですので、「失業率が戦後過去最高」と書くと、失業率が一瞬低いかのように読み手が錯覚してしまいます。かといって、「失業率が戦後過去最低」とすると、今度はほんとうに失業率が低いことになってしまい、事実に反します。

その両方を防ぐには「失業率が戦後過去最悪」とする必要がありそうです。これで、言葉の持つ語感と意味のバランスが整います。

【After】
①予想を超える反響があり、数日で売上目標を達成した理由を考えてみた。
②バブル崩壊による景気後退の結果、失業率が戦後過去最悪の水準にある。
「マイナス成長」に違和感がある人へ語感と意味がズレると、混乱を引き起こす。

「ウェルテル効果」と「マイナス成長」

プラスの語感の「効果」とマイナスの語感の「影響」というのも使い分けが必要なペアです。

「効果」も「影響」も"effect"の訳語になるものですが、日本語で訳される場合、「効果」が選択される傾向があります。その結果、有名人の自死が一般人の連鎖的な自死を引き起こす「ウェルテル効果」、ある対象の評価にさいしてその対象の目立った印象に引きずられて評価全体がゆがんでしまう「ハロー効果」、異なる事業の統合の結果、相乗効果が得られずかえってマイナスになる「アナジー効果」など、マイナスの語感を持つものにも「効果」が使われ混乱することがあります。

経済学用語の「マイナス成長」なども同種のパターンです。

これ自体はすでに定着した訳語ですので、変更することはできませんが、「効果」や「成長」を単独で使う場合、読み手に誤解を与えないよう、使用にさいしては注意が必要です。

拙著『ていねいな文章大全』では、ほかにも「語感」や「文脈に応じた語彙選択」のトレーニングを豊富に紹介しています。