イェール大発、科学的に実証された
「知覚力トレーニング」

 しかしその後、ブレーヴァーマンの懸念は、思いがけないかたちで解消されることになります。その決め手となったのが、彼が考案した「絵画観察トレーニング」です。ブレーヴァーマンは、絵画を用いることで、医学生たちの「眼」と「脳」を鍛えようとしたわけです。

 彼は医学研究者として、このトレーニングに対しても効率とエビデンスを追求しました。そして、ごく短期間の実践によっても、知覚力アップの効果が見込めることを見事に実証してみせたのです。

 その高い効果が医学専門誌で公表されたのを機に、イェール大学だけでなく、いまではハーバード大学、UCLA、コーネル大学、コロンビア大学、スタンフォード大学をも含む100校以上で、このようなトレーニングが採用されるようになりました*。さらには、ビジネススクールや企業研修の領域(サイエンス、リベラルアーツ、リーダー育成など)へも拡大し続けています。

* Dolev, Jacqueline Friedlaender, Linda, Braverman, Irwin, “Use of Fine Art to Enhance Visual Diagnostic Skills,” Journal of the American Medical Association, 286(9) (September 2001):1020 –1021.

 ブレーヴァーマンがそのトレーニングを軌道に乗せようと奮闘していた頃、私は同じイェール大学の美術史学部博士課程に入学しました。それまで航空会社に勤務していた私は、世界中の滞在先で美術館を訪れるうちに絵画に魅了され、アートの世界を本格的に研究したいと思うようになったのです。

 私が博士論文で扱ったのは、「観想のための絵画」というテーマです。五感を集中させて対象を観察するとき、人間は「見えないもの」を観ます。これは決してオカルトめいた話ではなく、人間の脳には「眼では見えていないもの」を補いながら観ようとする機能(これを「マインドアイ」といいます)があるということです。

 在学中からメトロポリタン美術館で働き、博士号を取得したあとは、ボストン大学、ハーバード大学、ボストン美術館で教職と研究職の両方を経験してきたのですが、そのあいだも一貫して探究してきたのが知覚と絵画の関係でした。

 当時の米国アカデミック界では、領域横断的な研究スタイルが重視されつつあり、そのための環境もかなり整っていました。私は美術史学だけでなく、歴史学・宗教学・心理学・言語学などにまたがって研究を進め、論文の1つは美術史学では最高峰とされる『The Art Bulletin』にリード記事として掲載されました*。

* Kanda, Fusae, “Behind the Sensationalism: Images of a Decaying Corpse in Japanese Buddhist Art,” The Art Bulletin, Vol. LXXXVII, No. 1. (March 2005): 24-49.

 そんなキャリアを歩んできた私は、現在、法人教育コンサルタントとして「絵画観察トレーニング」を土台とした研修を企業・大学・病院向けに提供しています。

 なお、このトレーニングの前後に実施するアセスメント(評価)のスコアでは、日本人の知覚力はなんと平均69%アップを記録しています。はっきりした理由はわかっていないのですが、これは米国人と比較するとかなりの向上率です。日本人の知覚は、まだまだ大きなポテンシャルを秘めているのかもしれません。

(本原稿は、『知覚力を磨く──絵画を観察するように世界を見る技法』の内容を抜粋・編集したものです)