これからビジネスパーソンに求められる能力として、注目を集めている「知覚」──。その力を高めるための科学的な理論と具体的なトレーニング方法を解説した「画期的な一冊」が刊行された。メトロポリタン美術館、ボストン美術館で活躍し、イェール・ハーバード大で学んだ神田房枝氏による最新刊『知覚力を磨く──絵画を観察するように世界を見る技法』だ。
先行きが見通せない時代には、思考は本来の力を発揮できなくなる。そこでものを言うのは、思考の前提となる認知、すなわち「知覚(perception)」だ。「どこに眼を向けて、何を感じるのか?」「感じ取った事実をどう解釈するのか?」──あらゆる知的生産の“最上流”には、こうした知覚のプロセスがあり、この“初動”に大きく左右される。「思考力」だけで帳尻を合わせられる時代が終わろうとしているいま、真っ先に磨くべきは、「思考“以前”の力=知覚力」なのだ。
その知覚力を高めるためには、いったい何をすればいいのか? 本稿では、特別に同書から一部を抜粋・編集して紹介する。(初出:2020年10月15日)
観ているつもりで、見えていない私たち
人間の知的生産には、「知覚→思考→実行」という3つのステージがあります。
眼の前の情報を受容しながら解釈を施し(〈 1 〉知覚)、それに対して問題解決や意思決定をしたうえで(〈 2 〉思考)、実際のコミュニケーションやパフォーマンスに落とし込んでいく(〈 3 〉実行)。M&Aの準備から会議のセッティング、部屋のリフォームから子どもの学校選び、日々の買い物に至るまで、すべてにおいて私たちはこの3つの段階を踏んでいます。
ここで重大なのは、知的生産の出発点には知覚があるということです。当人がどんな知覚を持っているかによって、それに続く”下流”のプロセスの質が大きく左右されます。ビジネス上の問題解決やイノベーション、さらには日常のちょっとした意思決定や人生の決断といったものの成否も、知覚力の影響を受けています。
ところが近年、この重大な能力が失われつつあります。
何より、人間は「純粋に見る」ことができなくなってきているのです。もちろんこれは、視力が低下しているという意味ではありません。何の先入観も持たず、ただ眼の前の事物・事象をありのままに見ることができなくなってきているのです。
みなさんもふだんの「見る」という行動を振り返ってみてください。「探し物を見つけるために見ている」あるいは「ただぼんやりと漫然と見ている」といったケースが大半を占めているのではないでしょうか。
「純粋に見る」機会が減ると、人間の知覚力は低下していきます。どんなに高い思考力を持っていても、最初につかんだ知覚が著しく貧弱だったり、歪んでいたりすれば、その先には悲惨な結果が待っています。逆に、知覚力を磨くことに成功すれば、まるで水圧モーターを駆動するように、知的生産の流れそのものを強化し、創造性を高めることができるはずです。
「知覚力をどう磨いていくか」は、人間に与えられた永遠の課題だとも言えるのです。
なぜ「子どもでも気づく異常」に気づけない?
試しに次の画像をご覧ください。これは人間の胸部CT画像です。ここには「1つの異常」があるのですが、それはどの部分かおわかりでしょうか? しばらく観察してみてください。