日本のコンビニに外国人客が殺到!人気の「観光名所」になった納得の理由Photo:Diamond

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第21回は「静と動」をキーワードに、日本のコンビニのイノベーションを読み解く。

静と動のイノベーション

「道塾学園」創業家の令嬢・藤田美雪は投資デビューする同級生ふたりにコンビニ株を勧める。はじめての投資には長期保有できる安定成長株が向いているという。同じころ、主人公・財前孝史は、企業のイノベーションには動と静があるという新たな視点を学ぶ。

 嫁入り道具の例えはいささかアナクロな印象が否めないが、最初に買うなら長期保有できる銘柄を、という美雪の主張は一理ある。小売業のような、時代が変わっても常に必要とされる普遍的なビジネスを手掛ける安定成長企業なら、株価の変動も穏やかで、長期で報われる可能性も高い。短期決戦型を避ければ、デビュー戦で黒星がついて投資アレルギーになるリスクも小さくなる。

 コンビニでばったり会った財前と投資部の安ヶ平慎也は、セブンイレブンの数々の創意工夫を振り返り、画期的な新製品やサービスといったダイナミックなイノベーションだけでなく、顧客満足度の改善という「静の革命」の重要性について話し合う。

 この動と静のイノベーションの視点は興味深い。この四半世紀、日本企業のイノベーション不足が指摘されてきた。確かに、かつてのように世界を席巻するメイド・イン・ジャパンは任天堂とソニーのゲーム機くらいしか思い浮かばない。

 一方、静のイノベーションに関しては、日本企業のレベルは非常に高い。たとえば食品や生活用品のパッケージ。2014年に赴任したロンドン生活で痛感したのだが、日本の製品はどれもこれも異常なほど開封しやすく、製品の使い勝手も良い。

 過剰包装の嫌いはあるが、各メーカーが年々改良を加えて「そこまでやるか」というレベルに達している。その他もろもろ一事が万事、日本での生活は、小さな工夫に支えられた快適さが隅々まで行き渡っている。

日本型コンビニは海外でも勝てる、だが…

漫画インベスターZ_3巻P95『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 消費者としてはありがたい限りだが、この静のイノベーション志向は、動のイノベーション不足と根っこでつながっている。

 人口減少が進んでいるとはいえ、日本は個人消費が年300兆円に迫る巨大市場。国内をきっちり押さえれば、それなりの規模を確保できる。となれば、勢い、競争は内向きになる。家電なら、ちょっと便利な機能が次々に追加されて「高付加価値化」が進む。静のイノベーションは、いわゆるガラパゴス化と表裏一体の面がある。

 作中で美雪は、きめ細かい商品とサービスを武器とする日本型コンビニは海外でも勝てるビジネスモデルだと評価する。私も同意する。ただし「そのまま海外に持っていければ」という話であって、それはかなり難しい。静のイノベーションの積み重ねで、日本のコンビニは鉄壁のサプライチェーンと緻密なオペレーションの結晶のように磨き上げられている。

 ロンドンでコンビニのサンドイッチを食べてみれば、新鮮で多様な食品の提供ひとつとっても海外で再現するのはとても不可能だと分かるだろう。だからこそ、来日観光客がコンビニを「観光名所」として楽しんでいるのだ。海外では、日本のモデルをそのまま持っていくのではなく、それぞれの地域にあわせた戦略が必要になる。

 日本経済全体で見れば動のイノベーションが課題だが、個人の株式投資の視点では、組織として飽くなき「静の革命」を続けられる会社ほど安心して資金を預けられる先はそうそうない。

 そんな銘柄を中軸にして、残りの資金でリスクの高い銘柄を組み入れようという美雪の発想は当コラムでご紹介した「コア&サテライト」にも通じる。長期投資のポートフォリオを考えるうえで、動と静のイノベーションのバランスという視点を取り入れてみてはどうだろうか。

漫画インベスターZ_3巻P96『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ_3巻P97『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク