週3度の透析、前立腺癌、冠動脈狭窄と闘う「知の巨人」佐藤優さんが、京大法学部出身、異色の主治医と語り尽くします。今回は、大学病院への批判と、『白い巨塔』がもたらした三つの社会的影響について。佐藤優さんは、「病院で長時間待たされるのは、むしろいいことだ」といいます。その理由とは? ※この記事は、佐藤優、片岡浩史『教養としての「病」』(集英社インターナショナル新書)から一部を抜粋・再編集したものです。
病院で長時間待たされるのは、むしろいいことだ
佐藤優 大学病院が批判されるときによく持ち出されるのは、「何時間も待たされるのに診察は3分で終わってしまう」という話です。しかし、私はそもそも待たされるのは全然悪いことではないと思っています。むしろいいことだと思っている。これはやっぱりソ連時代の経験があるからです。
どういうことかと言うと 、ソ連時代にはモノの価格は公定価格で、極端な話、モスクワでもレニングラードでもウラジオストクでも同じでした。しかし、商品の数は一定です。その場合、需給調整はどうやって解決するかと言うと「時間」なんです。時間とは言い換えれば、行列のことです。
片岡浩史 ソ連時代はどんなものもみんな行列して買っていましたね。その印象は私にも残っています。
佐藤 どんな場合に行列ができるかと言うと、その店にたくさんの入荷があると分かっているときです。何時間並んでも、確実に手に入るとなれば人は行列します。でも入荷がなければ、あるいは少ししか入荷しないとなれば、そこに並ぶ人はいません。
片岡 面白いですね。商品を得るために時間を消費しないといけないわけですね。
佐藤 どんなに並ばされても手に入るのだったら、誰も文句は言いません。しかし、これは旧ソ連だけの話ではありません。日本の医療の基本は、保険診療、つまり公定価格ですから、この場合も需給調整は時間で行なわれます。
たとえば外科手術において、その治療費はどんな病院でも基本は一緒です。サービスの対価は決まっている。でも、同じサービスと言っても熟練の外科医もいれば、新人で、あまり経験値の高くない外科医もいます。命に関わるような手術であれば、誰でも熟練した、評判のいい外科医に切ってもらいたいというのが人情です。そうすると医療の良し悪しは行列(=時間 )という形で調整されるんです。
つまり、長く待たせるお医者さんは、いいお医者さんなんです。逆に、あまり待たずに診察や手術を受けられる病院は人気がない。つまり、客(患者)の信用が低い。ソ連時代の経験があるから、私にはそれが皮膚感覚でよく分かるんです。待つということは全然悪いことではない。
片岡 しかし、私としては患者さんをいつも長時間お待たせしていて、そこは本当に申し訳ないんです。
佐藤 もちろん保険診療ではなく、自由診療、混合診療にすれば社会的に忙しい人、時間を節約するためにはお金をいくら出してもいいという人に対応できるでしょう。しかし、「行列による調整」でいいのだと私は思っています。