私たちは、物事を判断するときに人の感想や意見を大いに参考にする。買い物をするときにも旅行で泊まるホテルを選ぶ際にも、口コミのチェックは欠かせない。中でも、ネガティブな意見を気にする人は多いだろう。しかし、たった1件のネガティブな情報に影響を受けたことで、判断を誤るケースもあるという。本記事では、イェール大学の心理学教授であるアン・ウーキョンの著書『イェール大学集中講義 思考の穴──わかっていても間違える全人類のための思考法』をもとに、頭のいい考え方をする方法について解説する。(構成:神代裕子)

思考の穴Photo: Adobe Stock

人は「ネガティブな情報」に強く影響される

 ECサイトが普及し、インターネットで物やサービスを購入することがすっかり一般的になった。その際に私たちが重視しているのは口コミだ。

 ECサイトやSNSに書かれている口コミを見比べて買い物をしたり、食事に行くお店を選んだりすることが当たり前になっている。

 その際、あなたは5つ星の感想だけを見て商品やお店を選ぶだろうか。星が1~2つのネガティブな口コミの方をしっかり読み込むという人も少なくないのではないか。

 筆者も後者で、1つ星の口コミは必ずチェックする。そして、その内容が自分にとって耐えられる情報かどうかで、その商品やサービスを利用するかを決めることが多い。たとえ5つ星にたくさんのポジティブな口コミが多く書かれていたとしてもだ。

 本書には、「このように、人がネガティブな情報や出来事を重視してしまう傾向のことを『ネガティビティ・バイアス』と呼ぶ」とある。

ネガティビティ・バイアスの影響力は非常に大きい。あまりにも大きすぎて、人をとんでもなく不合理な判断に導くことが多々ある。(P.206)

 本書の著者アン・ウーキョンは心理学の教授だが、そんな彼女すら、5つ星のレビューを4件読んだ後に、1つ星のレビューを1件読んで、その商品の購入を見送ってしまったというエピソードを紹介している。

 人間心理や認知バイアスに精通した専門家でもそうなるというのだから、その影響の大きさがよくわかる。

「嫌なこと」ほど頭に残る

 このネガティビティ・バイアスは「製品だけでなく、人を見定めるときにも当てはまる」という。

 例えば、2回しか会っていないジョンという男性がいたとして、ポジティブと呼べる態度とネガティブと呼べる態度を1回ずつ目の当たりにしたとする。

 話だけを聞くと、相殺されてどちらともつかない印象が残るように感じるのではないだろうか。

 しかし、アンは「人はネガティブな態度のほうを重視するので、あなたのジョンに対する総合的な印象は、どちらともつかないではなく、ネガティブ寄りになる可能性が高い」と指摘する。

 ネガティブな出来事も、ポジティブな出来事より強い影響を及ぼすという。

幼少期に性的虐待などのトラウマとなる出来事を一度でも体験すれば、うつ病、人間関係のトラブル、性的機能不全といった問題が生涯ついてまわることも考えられる。たとえ、幼少期に嫌な出来事より楽しい出来事のほうが多かったとしても、トラウマとなるような出来事をポジティブな体験で埋め合わせるのはそう簡単ではない。(P.205-206)

 確かに、嫌なこと、忘れたいことほど忘れられずにいつまでも苦しい思いをすることがある。

 それほどに、ネガティブのパワーというのは強いのだ。

「本能的な考え方」をうまく使う

 なぜ、「ネガティビティ・バイアス」が存在するのか。

 アンは「大半の認知バイアスがそうであるように、ネガティビティ・バイアスが存在するのは、それが私たちの先祖にとって有益だったからであり、いまなお有益だからである」と解説する。

 現代と違って、大昔は私たちの先祖は生死の瀬戸際で生きていた。そのため「失うことは死に直結したので、失う可能性をなくすことを優先させる必要があったことは間違いない」というのだ。

 現代は豊かになったので、何かを失うことが命に直結するととらえて生活している人はほとんどいないだろう。

 道具をなくしても、また買えばいい。そう思える時代に私たちは生きている。

 では、現代においてネガティビティ・バイアスはどのような役割を果たしているのだろうか。

 アンは、現代においても「ネガティビティ・バイアスはとても大切な役割を担っている。このバイアスのおかげで、正す必要のあることに注意が向く」と語る。

 たとえば、人はわが子が発するネガティブな兆候に反応するようにできている。

 赤ちゃんが泣いていたら、親は敏感に反応するのがそれだ。

親は、赤ん坊のかわいい笑顔や柔らかな肌見たさに徹夜はしないが、赤ん坊が泣いたり吐いたりすれば、夜通し起きている。それは、わが子のために生物学的に備わったネガティビティ・バイアスなのだ。(P.231)

「頭のいい人」はどう考える?

 私たちがネガティブな情報に目がいくのは、大事なものを失わないための本能だ。

 しかし、これも行き過ぎると物事の判断を誤る。ネガティブな情報に目を向けすぎると、貴重なチャンスを逃したり、正しい判断ができなくなったりしてしまう。

 たとえば、肺がんを患う人に「90パーセントの確率で生存する」と伝えると、80パーセントの患者が手術に同意した。しかし「10パーセントの確率で亡くなる」と伝えると、半数の患者しか手術を選択しなかったという事例がある。

 正しい判断をするためには、物事をネガティブとポジティブの両面から見る癖をつけなければならないと考えさせられる事例だ。

 本書でアンは、「人が何を好み、何を選ぶかは、選択肢そのものの問題というよりも、選択肢がどう切り取られているかで決まる」という。そして、私たちは常に「ネガティブな情報の影響を強く受けやすい」。

 対策としては、意思決定の必要にせまられた際は、自ら「心のなかで自分につぶやく内容の切り取り方」を調整すればいい。「ネガティブな要素を気にしすぎていると感じるときは、肯定的な視点から質問を切り取り直す」のだ。

 上記の例でいえば、「10パーセントの確率で亡くなる」と言われたならば、自ら、それはつまり「90パーセントの確率で生存する」ということだなと考え直すのだ。

 そうした習慣を意識すれば、ネガティビティ・バイアスの影響を相対化して、もっと賢い判断をできるようになるはずだ。