ところが長寿化が進むにつれて様相は変わっていく。余生は長くなり必要な老後資金はどんどん膨らんでいった。

 例えば、「老後期間が30年とすると、必要な老後資金は1億円」という脅し文句がよく使われた。確かに毎月の夫婦の生活費を30万円に設定すると、30万円×12カ月×30年=1億800万円と、必要資金は大台を突破する。しかし、これは年金収入を含めた数字だ。夫婦の年金を月22万円とすると30年間で8千万円近くになるから、自分で用意する必要があるのは3千万円弱ですむ。そんな内訳には触れずに、大きな総額を示すことで不安感をあおる仕掛けだった。

 一方、この間も会社員の賃金は頭打ちになり、退職金は減り続けた。また年金は60歳支給開始だったのが65歳に引き上げられ、その過程で生まれる60歳代前半の「収入の空白」を埋めるために2000年代になると60歳定年以降の「再雇用」が始まった。

リアル「現実派」が登場

 近年はさらに混迷の度を深める事態になっている。2016年に『ライフ・シフト』が刊行されると「人生100年時代」が現実のものになり、必要な老後資金はさらに膨らんだ。先の日本FP協会の家計の長期予想表が100歳まで作られているのは、この影響だ。これにとどまらず、途中で資産寿命が尽きて老後破綻する家計の長期予想表がそこかしこで見られた。

 また、老後資金の膨張という「文脈」ではなかったが、19年には「老後資金2千万円問題」も起きた。金融庁の金融審議会のワーキンググループが「老後資金は年金以外に2千万円必要」とする試算をまとめたところ、「そんなにお金がかかるのか」と改めて世は騒然となった。

 かくして老後資金は「将来不安」の象徴のような存在になってしまった。ところが、である。ここに来て、これまでの「膨張する老後資金」とは異なる見方が出始めている。先の家計の長期予想表は、将来の生活レベルを予想して生活費を決める「積み上げ型」ともいえるものだが、そうではなくリアルな高齢者の実態を見ようとする、いわば「現実派」の登場だ。

 冒頭のFPの澤木さんは年金受給者の実際の年金月額(老齢厚生年金+老齢基礎年金)に注目する(「厚生年金保険・国民年金事業の概況」2021年度版)。

「男性の場合、15万円以上~25万円未満の人が61.7%で、10万円以上にすると8割を超します。女性は5万円以上~15万円未満で85.8%です。シングルの女性は厳しいかもしれませんが、それ以外の家計だと食べるだけなら年金でまかなえてしまいます」