さらに、この年金に「あること」を付け加えると、平均的な家計の生活すべてが成り立ってしまうという見方が出てきた。「あること」とは「働くこと」、それも現役時代のような仕事ではなく、月額10万円程度の「小さな仕事」でいいという。

「小さな仕事」で賄える

 リクルートワークス研究所の坂本貴志研究員が22年に上梓した『ほんとうの定年後』で数々の統計データを駆使して明らかにした。坂本研究員が言う。

「実際の高齢者のデータを積み重ねていくと、働くことを前提にすれば言われているほど大きなお金は必要ないことがわかってきたんです。年金は年々減っていますが、夫婦で月20万円くらいは入ってきます。一方、使うお金も60歳以降になると大幅に減り、大体30万円弱になります。すると、夫婦2人で合わせて月10万円ほど稼げれば家計は十分回っていきます」

 先に見た「1億円」の話と、数字が似通っていることにお気づきだろうか。違うのは、以前は年金で足りない分を現役時代の貯蓄で賄おうとしていたのを、定年後も働いて、その労働収入で賄おうとする点だ。

 実際、高齢者の就業率は急速に上昇し、60歳代後半では50%に達している。そして、同書によると高齢期の就業延長が進んだのはここ十数年のことだという。高齢者はお金が足りないから働き、国がそうした動きを後押しするように制度整備を進める、これが車の両輪になった結果という。

 70代前半には赤字は5万円に減り、70代後半には3.3万円まで減る。すると、70歳すぎまで無理なく働ければ、1千万円弱の貯蓄で十分豊かな暮らしが実現できると同書は言う。

 月10万円の「小さな仕事」はデスクワークではなく、販売や飲食、福祉、警備、運搬・清掃など現場仕事であることも多い。それでも仕事に対する満足度を聞くと、現役時より定年後の方が満足度が上がるという。同書によると、60歳の就業者の45.3%、70歳の就業者の59.6%が仕事に満足していると答えた。

「ずっと右肩上がりのキャリアはあり得ないことを人々は少しずつ受け入れていくのでしょう。そして『小さな仕事』で働くうちに、ストレスがなく責任も重くない短時間労働も、それはそれでいいことがあると気づいていきます」(坂本研究員)