三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第47回は「日本人はリスク嫌い」という定説に疑問を突きつける。
狩猟民族と農耕民族の違い?
ふとしたきっかけでロケット開発のベンチャー起業家が道塾投資部OBと知った主人公の財前孝史は、ベンチャー投資のヒントを探るため、リッチーこと日下部剛を訪ねる。日下部はベンチャーの強みは「ファーストペンギン」になることだと説く。
捕食者がいるかもしれない海に最初に飛び込んだ者が、リスクをとった見返りに多くの魚にありつく。ペンギンの群れのそんな行動から着想したファーストペンギンという表現は、起業家精神を端的に表す言葉として定着している。
米国ではファーストペンギンが賞賛され、日本では出る杭は打たれる。起業家が育つか、育たないかは、国民性の違いだ――こうした解説は多い。狩猟民族と農耕民族といった二元論で語られることもある。
そうした背景がゼロではないだろうが、私は「文化の違い論」は後講釈の類いだと考える。明治維新以降や第二次大戦の敗戦後に多くの企業が生まれ、経済が急成長を遂げた歴史を振り返れば、日本人が起業に向いていない、などとはとても思えない。
農耕民族だからリスクテイクを好まないという定説も怪しい。本当にリスクが嫌いなら、ギャンブルや投機にこれほどお金が流れ込むはずがない。
日米の違いを生んだ本当の原因
日米の違いを生んできた大きな原因は、文化ではなく、雇用慣行と金融システムだろう。日本的経営の3種の神器と言われた終身雇用・年功制・企業別組合のセットは、新卒大量採用と相まって、大企業に長く勤めることを合理的選択にした。
間接金融偏重のお金の流れは、銀行と「官」によるエスタブリッシュメント支配を強めた。日本では、銀行融資に際して経営者の個人保証を求められるケースも少なくない。
高度成長期に確立された経済システムは長く、強固に生き残った。結果として、日本では起業はとても割に合わない高リスクな選択であり続けた。
この構図は米国と比較するともっとクリアになる。流動性の高い労働市場は起業に失敗しても再起の道を提供する。株式や債券などのマーケットを通じた直接金融はリスクマネーとの相性が良い。米国でも起業はリスキーだけれど、それは非合理的な選択ではなく、挽回可能で試す価値のあるキャリアパスとなっている。
お金の「厚み」が重要
まだ道半ばとはいえ、日本経済も雇用・金融の両面で起業を選択しやすい方向にシフトしている。特に労働市場に関しては、若い世代から中堅層まで「転職アリ」が当たり前の価値観になっている。20年前と比べれば、とても大きな変化だ。
そこに金融面での潮目の変化が重なれば、私は日本でもファーストペンギンを志す人々が増えると信じている。
「貯蓄から投資」は、お金の出し手から見ればお金の置き所の変化だが、受け手の視点ではリスクマネーの幹が太くなるのを意味する。現状では投資マネーは既存の上場企業に集まっているが、厚みが出てくれば、それはベンチャーの株式や債券・融資にも染み出していくだろう。
日本人も、米国人も、同じ人間だ。ハードルを下げ、選択肢のひとつと考える人が増えれば、日本でもファーストペンギンたちが続々と生まれる時代が来ると期待混じりで予想している。