世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、リオタールの『ポストモダンの条件』を解説する。
科学の発達による情報化社会において、知の形が変わり始めた。今までは、政治と知は結びついていて、世界にはストーリーがあると考えられていた。ところが、情報が交錯する世界では、常識が崩れてくる。未来の知はどのような形になっていくのか?
大きな物語は終わった
『ポストモダンの条件──知・社会・言語ゲーム』の序文は「この研究が対象とするのは、高度に発展した先進社会における知の現在の状況である。われわれはそれを《ポスト・モダン》と呼ぶことにした」という文から始まります。
ポストモダンという思想の特徴は「大きな物語」(メタ物語)への不信感から始まります。
「大きな物語」とは、近代の世界観を支配してきた人間や歴史についての考え方のことです。
たとえば、ヘーゲルの「歴史は理性的に進んでいく」やマルクスの「歴史は資本主義から社会主義・共産主義へと発展していく」といった進歩的な歴史観などです。それがなんだか古くなってきた……? というのがこの本の主張です。
人類の歴史が何かに向かって進んでいくというのはワクワクしますが、そういった「大きな物語」はもうおしまいとされます。これは、科学の進歩による情報化社会における知が広まったからです。
「IBMのような企業が、地球周回軌道の或る帯を専有して、そこに通信衛星そしてまたデータ・バンク衛星を載せることが認められたとしてみよう。その場合、いったい誰がそれを利用するのか。いったい誰がチャンネルやデータに禁止制限を設けさせるのか。国家だろうか」(同書)
このように第1章で現代の問題を提起しておき、章が進むにつれて、テクノロジーが「為政者」によって「正当化」され、科学も政治も関連していることなどが示されます。
小さな物語の時代ってスマホ社会のこと?
「社会の制御機能つまり再生産機能は、将来にわたってますますいわゆる行政官の手を離れて、自動人形の手に委ねられることになるだろう」(同書)。
「……かつて国家=国民、党、職業、制度などによってつくられていた誘引の極がその誘引力を失う」(同書)
進歩史観やマルクス主義によると、歴史のコースがあらかじめ決まっていましたが、もはやそういう「大きな物語」は目標になりえず、「生活の目標は個人それぞれに委ねられ」ます(同書でそれは「大きな物語の失墜」と表現されます)。
個人はかつてなかったほど複雑で流動的な諸関係の織物の中に捕らえられているので、「若かろうが老いていようが、豊かであろうが貧しかろうが、男であれ女であれ……コミュニケーションの回路の《結び目》のうえにつねに置かれている」とされます。
だから、古い価値観が崩れ、人はそれぞれの物語を生きるようになるのです。教育機関も形態を変えていき、アマチュア的なグループから新発見などが生まれます。
第二次世界大戦後の技術・テクノロジーの飛躍的発展により、「行動の目的から行動の手段へ」と向かいました。
情報科学がますます進歩していく中で、リオタールの予言は、現在の人工知能の発達として的中しているようです。社会の情報化のなかで「言語ゲームは、その時点での完全情報ゲームとなるだろう」。
「大きな物語」は世界が進歩していくというシナリオをもっていましたが、それはあまりに大雑把すぎます。
情報化が進むと「小さな物語」が拡散することになります。この『ポストモダンの条件』では、量子力学、不完全性定理などにもふれられています。
ポストモダニズムとは、そのような状況の中で人がどう生きていくのかということや、その中で、どうやって「新しい物語」を見出していくのか、あるいは、物語なんて必要なしに新しい道を模索するのかなど多様な方向を示唆してくれる思想です。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。