個別企業単位では高度なオペレーションや熟練技能に強みを持つ我が国製造業だが、製造業大国として復権するには、デジタル変革と企業の枠を超えたデータ連携など大胆なモデルチェンジが必要だと指摘される。日本を代表する製造業の一社であり、2021年から3年連続でDX銘柄に選定されている旭化成の取締役 兼 専務執行役員 デジタルトランスフォーメーション統括、久世和資氏が描く、ものづくり大国復権へのシナリオを聞いた。

人、データ、組織風土の
3つをオープンにしていく

編集部(以下青文字):久世さんは日本IBMで東京基礎研究所長やCTO(最高技術責任者)などを歴任した後、2020年に旭化成に入社されました。IT企業から、ものづくり企業に転身して、当初はどんな印象を持たれましたか。

現場のデータは優れた無形資産それが製造業の力を解き放つ旭化成 取締役 兼 専務執行役員
デジタル共創本部長 デジタルトランスフォーメーション統括 久世和資
KAZUSHI KUSE
1987年日本アイ・ビー・エム(IBM)入社。東京基礎研究所にてプログラミング言語やソフトウェアエンジニアリングの研究領域をリード。2004年東京基礎研究所長、2005年執行役員に就任。未来価値創造事業部長、開発製造担当などを経て、2017年より最高技術責任者(CTO)。2020年7月旭化成入社、執行役員エグゼクティブフェロー。2021年4月常務執行役員デジタル共創本部長エグゼクティブフェロー、2022年4月専務執行役員デジタル共創本部長、同年6月取締役に就任。筑波大学大学院工学研究科コンピュータサイエンス修了。工学博士。

久世(以下略):想像していたよりもはるかにデジタル化が進んでいました。旭化成はマテリアル、住宅、ヘルスケアの3領域で多様な事業を展開しています。研究開発と生産・製造を中心に、現場と強力に連携してDXに取り組んでいたのです。

 マテリアルズ・インフォマティクス(MI:統計分析やAI、ビッグデータなどを活用した材料設計・開発)やIoTデータ分析など先進的なテーマに取り組み、顕著な成果も出ていました。ただ、それを組織の外に発信することは十分にできていなかったので、グループ全体での情報共有はされていませんでしたし、社外にも知られていませんでした。

 旭化成にはものづくりの現場で蓄積された膨大なデータと知見があります。デジタル技術を使って大きな価値を出していくためには、人、データ、組織風土の3つに注力していく必要があると感じました。

 2021年4月の組織再編でデジタル共創本部が設立され、久世さんが本部長としてDXを加速させる役割を担うことになったわけですが、組織の壁を超えて人やデータをオープンにつなぐために同本部にどのようなリソースを集約したのですか。

 研究開発本部に所属するインフォマティクス推進センター、生産技術本部のスマートファクトリー推進センター、本社直属のIT統括部の3つを一体化しました。それから、営業・マーケティングのDXに専門的に取り組むチームもデジタル共創本部内に発足させました。

 デジタル共創本部のミッションは主に3つあると考えています。1つ目は、旭化成グループが持つ多様な事業、人材、データをデジタルでつないで最大限の価値を出すこと。2つ目に、経営の変革をデジタルで支えること。そして3つ目に、グループ内の事業だけでなく外部の企業や専門家などと連携して、新しい価値を共創していくことです。

 経営陣や各事業部門とどのような連携を図りながら、グループ全体のDXを推進しているのですか。

 DX強化に向けて、現在500を超えるテーマに取り組んでいますが、そのうち経営にとって最重要な10件弱のテーマをCEOマイルストーンテーマと呼んでいます。CEOマイルストーン会議を毎月開催し、プロジェクトの進捗管理だけでなく、全社や経営にとっての重要性を確認しながら、技術および業務の課題をどう突破するかといったことを議論しています。

 事業部門との連携という点では、リレーションシップ・マネージャー(RM)制を敷いています。デジタル共創本部の本部長と理事格以上のセンター長、IT統括部長がRMを務めます。

 各事業の領域担当役員、事業会社社長、事業本部長といった事業部門のトップとRMが集まる会議で、お互いの事業戦略を共有したり、デジタル共創本部と事業部門が共同でプロジェクトを立ち上げたりしています。初年度は100回以上の会議を開催しました。このRM制で情報共有が密になり、他の事業でうまくいった事例を学んだり、自部門に取り入れたりするいい機会になっています。今後は事業の枠を超えた共創のトリガーにしていきたいと思っています。