ビジネス環境の厳しさが増す中、かつてないほど事業運営の効率化が求められている。自社の強みを再編集し、変革を推し進めていくうえでのポイントは何か――この問いを議論すべく、2025年10月10日にダイヤモンドクォータリー エグゼクティブ・ラウンドテーブル「ノンコア事業売却のジレンマをどう乗り越えるか」が開催された。
本ラウンドテーブルは、全4回開催されるシリーズの第2回。基調講演では3人のゲストスピーカーが登壇した。元オムロンCFOの日戸興史氏が、企業価値を向上させるROICマネジメントについて解説。また、CVCアジア・パシフィック・ジャパン代表取締役の赤池敦史氏が、同社が手掛けた事業売却の事例を紹介し、さらに早稲田大学商学学術院教授の鈴木一功氏が、学術的な見地から日本のM&Aの現状について論じた。本稿では、3氏の講演と合わせて、その後に聴講者を交えて行われた全体ディスカッションの内容をリポートする。
事業売却のジレンマを打破した
オムロンのROICマネジメント
経営を効率化し、企業価値を向上させるうえで、事業売却は有効な手段となる。しかし、社員を含むステークホルダーの思惑や要望、課題感の違いから、事業売却がスムーズにいくことは少ないのが実情だろう。
そのジレンマを乗り越えるには、どうすればいいのか。数々のM&Aや事業再編に携わってきた元オムロンCFOの日戸興史氏は「全体最適を実現するための『共通の目的』を描くことが肝要」と説く。「すべてのステークホルダーがウイン・ウイン・ウインとなるような『ありたい姿』を定め、その実現に必要な『手段』をそれぞれの立場を超えて議論する。これが最も大切なことだと考えます」
元 オムロン 取締役執行役員専務CFO日本CFO協会 理事
日戸興史氏Koji Nitto
元オムロン取締役執行役員専務CFO兼グローバル戦略本部長(2017~2022年度)。経済産業省事業再編研究会委員(2020年度)。現在、日本CFO協会理事。京都大学iPS細胞研究財団理事。また米『インスティテューショナルインベスター』誌が選ぶ日本のエレクトロニクス/産業部門におけるベストCFO第3位(2022年度)。
そのうえで日戸氏は「利益を重視したROIC(return on invested capital)経営こそ、社会的存在である企業の起点である」と指摘する。企業がしっかりと稼ぎ、稼いだキャッシュを社員、社会、顧客、投資家といったステークホルダーに循環(=還元)させることで、拡大再生産の好循環が生まれ、持続的な企業価値の最大化、ひいてはよりよい社会が実現していくと説明する。
「オムロンでは、こうしたストーリーを社内で共有し、共感を得ました。『稼ぐ=ありたい姿の実現』という考え方が理解されていれば、『この会社で自分たちが稼げていないのなら、稼げる環境にある他社の下で自分たちの役割を果たすべきではないか』と納得することは、けっして不可能ではありません。これが、私がたどり着いたベストオーナー論であり、事業売却のジレンマを乗り越える一つのカギではないかと思います」
収益力の向上、新たな投資、そして新事業の創出。このサイクルを回して企業価値の最大化を図り、ステークホルダーに還元していくには、ROIC経営による「稼ぐポートフォリオ」の構築が求められる。各事業の現状と特性に応じてポジションの向上に努め、単に資本コストを超える利益創出ではなく、「世界の投資家に選ばれるような高収益事業体の集合体を目指すことが重要」と日戸氏は語る。ただし、成果を出そうと、ROICツリーを分解して部門ごとに課題を洗い出すばかりでは「対症療法=部分最適」に陥る。だからこそ「全体最適へのトランスフォームが必要」と強調する。
「それには、『ありたい姿』と現状のギャップを明確にしてこれを『課題』とし、全社で共有する必要があります。この全体最適の取り組みをしていると、どうしても自分たちだけではやり切れない、投資し切れていない事業が出てきます。その時に初めて『この事業をいかにベストオーナーに委ねるか』という問いが生まれてくるのです」
その一例として、日戸氏はオムロンが2019年に日本電産(現ニデック)に売却した車載部品事業を挙げた。その年の売上高は約1300億円、営業利益63億円、ROIC10%超という「稼げていた事業」である。それでも、自動車産業が100年に一度の大変革期に突入する中、継続的成長を実現するための資金や人材を投資できないと判断、「CASE(connected, autonomous, shared & service, electric)の領域で強固な技術・製品を保有する企業に本事業を委ねるのが最良の選択、という結論に至りました」と振り返る。
この事業譲渡は「ベストオーナーへの譲渡が実施された日本初の事例」と評価されているが、「もっと早く動いていたら、ほかの可能性があったかもしれない」と日戸氏。「追い込まれてからの事業売却には痛みしか残らない」と先見的な判断の重要性を指摘した。
ROICマネジメントによるポートフォリオの最適化に取り組んだことで、2011年から21年の間にオムロンの時価総額は約4倍に拡大している。「未来をどう変えていくかという視点」(日戸氏)での戦略的な事業売却が、継続的な企業価値の向上に資するのである。







