裏金問題でけじめをつけることが
政治家としての評価につながる

 森元首相については、これまで述べたような問題はあるものの、私は政治家としては、それほど悪い評価をしていない。

 森元首相は典型的な体育会系の人物だ。日本では、スポーツができると、大学にも優先して入れるし、一流企業も採用してくれる。そんな体育会的政治家のチャンピオンが森喜朗である。

 大リーグで活躍した松井秀喜氏と同じ石川県根上町(現能美市)出身で、祖父と父は長く町長を務めた。ラグビー選手としての実績をもって早稲田大学に入り、卒業後は代議士秘書を経て代議士になった。

 お座敷での宴会を明るくする陽気なキャラクターだと安倍晋太郎元外相にかわいがられ、清和会の中堅幹部となるとともに、文教族議員として活躍した。文部大臣時代、学校を訪問したときには、子供たちからなかなかの人気だった。

 雑駁(ざっぱく)すぎる政策論と意外に慎重なことから「サメの頭とノミの心臓」などと揶揄されることもあったが、会う人には好感を与え、ガス抜きするのが上手なのである。

 有名なのは、2005年、小泉純一郎首相(当時)が、「郵政民営化の法案が通らなければ衆議院を解散する」とまで固執していたとき、森元首相はそれを軟化させるために説得に行ったときのことだ。

 会談後、森元首相は「前首相であり先輩の自分が行っても小泉首相は考えを変えない。缶ビールとこんな干からびたチーズしか出さなかった」といって、小泉首相は誰が何を言っても妥協しないだろうという流れをつくった(さらに「干からびたチーズ」が、実は高級な「ミモレットチーズ」だったというオチまでついていた)。

 いわば「天才的なフィクサー」なのであって、いささか不明朗な人物で毀誉褒貶(きよほうへん)は激しいが、正攻法では片付かない問題を解決するのに役に立つ人物だ。

 また、独特のバランス感覚を国内だけでなく外交でも発揮し、ロシアや北朝鮮との交渉でもなかなかの成果を上げた。

*余談だが、私は『坂本龍馬の「私の履歴書」』や『日本の総理大臣大全』で、坂本龍馬の実像は森元首相のようなタイプだと指摘した。巨漢の地方の金持ちの息子で、愛国者で、江戸で剣術修行をして、有力政治家である勝海舟の秘書になってチャンスをつかみ、学問は好きでないが陽性の周旋名人として薩長盟約を実現した。亀山社中や海援隊も政治資金づくりのための組織だった。

 その場にいる聴衆の雰囲気をとらえユーモアあふれ楽しい話を聞かせる話術の持ち主だが、それを活字にしたり、録画したりすると、とんでもない誤解を与えるようなことがある。

 首相になって「日本は天皇を中心とした神の国」とか、無党派層の人について「そのまま(選挙に)関心がないといって寝てしまってくれれば」といった発言がスキャンダル化した。「えひめ丸」事故のときには、ゴルフを中断せず、ひんしゅくを買った。自民党の一部が野党の不信任案に欠席などした「加藤の乱」はなんとかしのいだものの、1年しか政権は持たなかった。

 しかし、政策的には、小渕内閣のものをそのまま引き継ぎつつ、IT国家を目指す姿勢を明確化したことと、やや財政再建色を強くしたのが特色だったが、おおむね妥当なものだった。小渕・森内閣で経済企画庁長官を務めた堺屋太一氏はかつて私に対し「いくら考えても森さんがダメな総理だと世論が言うのが理解できない」と嘆いていた。

 以上のように、私は森元首相が悪い首相だったとか、功績がないとか、消えてほしいとか思っているわけではない。

 ただ、自民党のもっている古い体質、族議員の不明朗な利権構造への関与、義理人情とか血縁関係で動く前時代的な政治論理といったものからの脱却は喫緊の課題だ。そして、清和会で大規模な不法な経理処理をした責任は、森元首相に説明してもらわねば、誰が何をやったところで収まらないと思う。

 こうした大スキャンダルがあった場合、誰かが目に見えるかたちで腹を切るしかないのが日本社会だ。そして、今回の場合、森元首相を除けば、清和会を代表して責任を取ることができる人はいない。

 また、そういう形でけじめをつけてこそ、森元首相の良い面や功績が将来において評価されることにつながっていくように思うが、どうであろうか。

(評論家 八幡和郎)