『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。今回インタビューしたのは、2024年2月~「読書猿さんフェア」を行なっている東大生協の竹原昌樹店長。東大生からも人気を集めた背景には何があったのか。話を聞いた。(構成/弥富文次)

【東大生協の店長が語る】「コスパ重視」の若者にどんな本が売れるのか?

発売初日から東大生協でも売れた『独学大全』

――東大生協の書店を利用されるのは、やはり学生さんが多いですか。

東大生協竹原店長(以下、竹原) もちろん大学なので学生や先生が中心ですが、東大には「◯◯センター」のような付属機関も多いため、学生でもなく先生でもないといった研究者も多くいらっしゃいます。その上本郷キャンパスのある文京区には書店が少ないので、近所の方もよくご利用いただきますね。こういったカラーは大学生協でも珍しいかもしれません。

――棚づくりの上でどんなことに気をつけているのでしょう。

竹原 東大の書店なので専門的な本があるはず、と考えて来店されるお客様も多いですから、そのニーズに応えられるように意識しています。例えば書店の入り口すぐの文庫コーナーには、文芸書ではなく学術系の文庫を多く揃えていて、高校までの教科書によく引用される古典が文庫化されている講談社学術文庫や岩波文庫が、よく売れますね。
 加えて、お客様がよく買われていく本、売れている本もきちんと置くようにしています。

――独学大全は初版から入荷されていたんですか?

竹原 はい。読書猿さんの以前の著作(『アイデア大全』、『問題解決大全』)も売れていたので、今作も初版からしっかり置いていました。

『独学大全』は内容的には大学1年生から大学院生まで使える本なので、当店にはぴったりの商品だと感じました。尋常でない分厚さだったので、学生が手に取ってくれるか、少し心配していたんですけどね(笑)。でも発売日前にお客様から問い合わせもあったりして、最初からすごい勢いで売れていました。

【東大生協の店長が語る】「コスパ重視」の若者にどんな本が売れるのか?2024年3月現在、東大生協本郷書籍部では「読書猿フェア」を実施中。テーマは「東大生が今こそ読むべき本」。

今の学生はコスパ意識が高く、「鉄板」だけを選ぶ

――お店を長年見ていて、学生の買う本に変化はありますか?

竹原 難しいご質問ですね……。本を読む方とそうでない方がどんどん二極化していて、学生でも全く本を読まない方が増えているのは事実だと思います。

――東大生協でもそうなんですか。

竹原 はい。コスパに関する意識も昔と比べてシビアになってきている印象があります。昔は買った本がハズレだったとしても、自分に合うか合わないかが分かればそれでいいという風潮があった。しかし今は確信を持って良いと言える本でないと、買わない人が多いイメージです。

――「これが鉄板だ」と言われるような本を買う傾向が高まっているということでしょうか。

竹原 はい。店頭で内容をある程度見て、「良さそうだからこの本を買おう」みたいな人もだんだん減ってきているような気がします。

 以前から売れ筋の本のデータは見ていて、東大生協でも毎月ランキングを発表するようにしているのですが、ランキング上位の書籍は翌月にさらに売れる場合が多いです。つまり、他の人が良いと言っているなら買ってみよう、という感覚だと推測しています。

 一方で、例えば東大生は調べるということに興味があるのか、筑摩書房から出版された『リサーチのはじめかた』やChatGPT関連で話題の『大規模言語モデルは新たな知能か』が刊行されるきっかけとなった岩波書店『拡散モデル』など、「いい本だ」という口コミがあれば、高い本でも一見難しそうな本でもしっかり売れています。

――なるほど……。確かに納得感があります。

竹原 今の若い人にはインフルエンサー=影響力がある人のおすすめになら、お金を払う習慣がついていると思うんです。そして、東大生にとっては読書猿さんも影響力がある一人だと感じます。

 例えば最近で言うと、国立国会図書館でレファレンス業務に携わられていた小林昌樹さんの著書『調べる技術』も売れました。語り口は易しい一方で内容はなかなかに難しい本ですが、読書猿さんのおすすめ本ということもあって売れ行きがよかったです。もちろんゼロから自分の求める本を見つけ出すのは難しいので、おすすめ本を読んでいくのは全く悪いことではありません。そのうちに、この著者が薦める本、参考にしている本……と広げていけば良い。

 先日も『調べる技術』の小林昌樹さんが選書したフェアを行いました。

『独学大全』は「こうしなさい」とは言わない。「こうしたい」と思ったときに役立つ本

――竹原さんから大学生へのアドバイスとして、『独学大全』はどのように使ったら良いと思いますか?

竹原 『独学大全』は「こうしなさい」ではなく、自分が「こうしたい」と思ったときに役立つことが書いてある本だと思います。だから自分がその時に何がしたいかで、必要なところが変わる。

 先ほど「大学1年生から大学院生まで使える」と申し上げたのはそういう意味です。活かせるところだけ活かしながら、事典として使える本だと思いますね。必ずしも通読する必要はないと思います。

――読書猿さんも「通読すること」はすすめていないですね。

竹原 それからもうひとつ。『独学大全』は読者に「きっかけ」を与える本だと思います。中には膨大な量の参考文献が載っています。「これはどんな本だろう」「面白そうだな」と思ったら、関連する新しい一冊に手を伸ばしてもらえたら、書店としてもうれしいです。

竹原昌樹(たけはら・まさき)
東京大学消費生活協同組合本郷書籍部店長
1974年、新潟生まれ。東京理科大学生協などで書籍担当を経て、2019年6月から本郷書籍部に店長として着任。「大学らしい知的好奇心を抱けるような書店」を目指してフェアやイベントを行っている。