刑務所の管理栄養士である筆者によれば、料理経験がほぼゼロの初心者ばかりの男子受刑者らが、給食を作る炊事工場は毎日がハプニングの連続。じゃがいもやさつまいもは皮だけでなく実まで削り、みょうがまでもむこうとするというドタバタの調理現場を探る。本稿は、黒栁桂子『めざせ!ムショラン三ツ星』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。
じゃがいもをむき続ける下処理係
可食部分まで取り除いてゴミ箱に
あるとき、彼らの皮むき作業を見ていて驚いた。じゃがいもの窪みの部分めがけてひたすらピーラーで何度もむいている。
通常、芽を取りたいのなら、ピーラーに付いている芽取り部分を使えばいいし、包丁なら柄に近い刃の角の部分で取り除けばいい。
しかし、彼らは窪みを削り取ろうとしているのだ。そのために、食べられるところも一緒にむいてしまっていて、多くの可食部分を捨てていた。
野菜を洗ったり、根菜類の皮をむいたりするのは下処理係の担当だ。私と食料担当の杉山刑務官がその日に使用する生鮮食品を炊場に搬入すると、下処理係がメニュー別に計量して分別し、下準備に入る。
じゃがいもの場合は専用の皮むき器があって、それを使う。洗濯機のように筒形になっていて、一度に10キロ程度じゃがいもの皮をむくことができる。
中にじゃがいもを入れ、スイッチオンで筒の中へ水の注入が始まって、洗濯槽のようにガラガラ回り出す。筒の内側はやすりのようになっていて、遠心力で皮がむけていく。むけるというよりやすりで削れるといった感じだ。
しかし、じゃがいもは芽があるため、ある程度むいたら最後は手作業で窪みになっている芽の部分を取り除く手間があって、結構時間がかかる。
皮のむき方ではなく発注を変更
相手を変えたければまず自分が工夫する
栄養士が使う食品成分表には食材ごとに廃棄率が明記されている。廃棄率とは、野菜でいえば皮や根などの食べない部分の重量比率を指す。
じゃがいもの廃棄率は10パーセントなので、10キログラムのじゃがいもの皮をむいたら残りは9キログラムになる計算だ。
その平均的なデータをもとに発注を行っているのだが、あの皮むきでは廃棄率は間違いなく多い。かといって、包丁の扱いに慣れていない彼らに包丁で芽を取る方法を教えるのも危なくて心もとない。
ピーラーの芽取りの存在すら知らない彼らにその使い方を教えるより、もっといい方法はないだろうか。
いろいろ考えた結果、彼らのやり方を変えるのではなく、私が発注を変えることにした。それまでは「じゃがいも」としか指定していなかった見積もり依頼に、「じゃがいも(メークインLサイズ)」と指定することにした。