30年あまりで高齢女性の受刑者の割合は10倍に増加。そして、刑務所では認知症の介護が必要な受刑者も右肩上がりで増えているという。長年、社会保障制度を取材してきたジャーナリストが女子刑務所の実態に斬り込む。本稿は、猪熊律子『塀の中のおばあさん』(角川新書)の一部を抜粋・編集したものです。
止まらない受刑者の高齢化傾向
刑務官が認知症の講習を受ける現状
私が刑務所の取材をするようになったきっかけは、10年以上前に刑務官全員が認知症の講習を受けた施設があると知ったことだ。そこは福島県にある「福島刑務支所」で、女性受刑者が入る刑務所だった。
認知症は、高齢化が進む日本社会において重要な取材テーマだ。長年、年金や医療、介護、子育てなどの社会保障制度を取材してきた者として、「これは現場を見なければ」と思ったのが始まりだ。
高齢者による犯罪が全国的に増えており、この支所でもその割合が増え、約550人中、100人が60歳以上(2009年取材当時。60歳以上で統計をとっているとのことだった)。認知症の疑いのある人が増えてきたことから、2008年末に100人いる刑務官全員に「認知症サポーター」の講習を受けさせたという。
「認知症サポーター」は、認知症に関する知識と理解をもち、地域や職域で認知症の人や家族に手助けをするボランティアだ。自治体などが養成を手掛け、今ではサポーターの数は全国に1400万人を超える。
支所の中を案内してもらうと、認知症の人がたくさんいたわけではなかったが、高齢化の進行を実感した。驚いたのは、受刑者が暮らす部屋の入り口に「軟」「副食きざみ」「湯」などの札があったことだ。
聞けば「軟」は軟らかい食事のことで、歯が悪く、硬い食べ物が食べられない高齢者には、軟らかいお粥などを用意しているという。「副食きざみ」は、刻み食のおかずのこと。おかずを細かくみじん切りにして食べやすくしている。「湯」は湯たんぽのことで、寒さを訴える高齢の受刑者には湯たんぽを用意しているとのことだった。
もうひとつ驚いたのが、女性の副看守長の次の言葉だ。
「刑を終えて社会に復帰しても、家がない、出迎えてくれる人もいない。ならば刑務所のほうがいいと、何度も戻ってきてしまう高齢者が多い」
犯罪で多いのは万引きなどの窃盗で、経済的困窮はもとより、「寂しかった」などの理由で罪を重ねるケースが目立つとも聞いた。
これは福祉施設や住宅整備が十分でないなど、ハード面の政策の貧しさからくるものなのだろうか。それとも、孤独や孤立など、ソフト面のニーズに対する政策の不十分さからくる結果なのだろうか。刑務所が高齢者の「居場所」になっていいはずがないと、当時、強く思ったのを覚えている。