多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

“いい上司”という「役割演技」をやめたら、部下との関係がよくなる理由写真はイメージです Photo: Adobe Stock

本当は優しくなんかないのに“猫撫で声”で話す上司

 のっけから恐縮ですが、僕は「いい人風味」の人が嫌いです。
 本当は優しくなんかないのに猫なで声で話す上司。本当は怒っているのに不自然な笑顔で話す先輩。役割を果たすために頑張っているのはわかるのですが、つい、心の中で「うさんくさ……」と毒づきたくなってしまうのです。

 だから、年間300回、毎年1万名もの受講者へ、傾聴などのコミュニケーション研修を提供する企業研修講師兼心理療法家(公認心理師)の僕はいつもこう伝えています。

「下手なテクニックを使うくらいならば、不器用なままでいてください。嘘はすぐにバレるのです。あなたが“いい上司”のふりをすれば、必ず相手も“いい部下”のふりをします。嘘と嘘の関係の中で傾聴などできるはずはありません」

「大学教授ともあろう者が、こんなに下品な話をしてもいいのか」

 偉そうに語っている僕ですが、十数年前までの僕はまさにそんな「いい人風味」の嫌な上司でした。中途半端にコーチングや心理カウンセリングを学び、それをマネジメントで活かそうと、ベンチャー企業の社長や役員として、“いい上司”を演じていたのです。

 そんな僕の考えがガラリと変わったのは、心理カウンセラーとなることを目指して、より本格的に心理学を学び始めた時のことでした。

 僕のお師匠さんがこんな体験談を聴かせてくれたのです。
 そのお師匠さんが数十年前にアメリカの大学で心理学を学んでいた時の教授が授業でこう言ったそうです。

「どんなことでもいいので思ったことを一人ずつ話そう。それでは最初に私が話します」

 そう言って教授が話し始めたのは、彼が最近離婚で嫌な思いをしたという話でした。
 教授は長年連れ添った妻と離婚をした時に、分与で財産が半分になったことが納得いかないというのです。
 そして、「今後はもう結婚はしない。なぜならば、自分が稼いで貯めた財産を半分も持っていかれるのはまっぴらごめんだから」と断言したというのです。

 それを聞いた学生だった頃の僕の師匠は驚いたそうです。
「心理学の大学教授ともあろう者が、こんなに下品な話をしてもいいのか」と。そして同時に安堵したと言います。「それならオレだってどんな話をしても大丈夫だな」と。

「お互いに無理して“いい人”ぶるのはやめよう」

「いい人風味」の笑顔で、立派なことばかり言う上司の前で、部下は正直になれません。
 部下に本音を話してほしければ、まず上司が本音をさらけ出さなければなりません。“いい上司”という役割演技をするために、わざとらしい笑顔を作っているからこそ、部下もそれに応じて”いい部下”という役割演技をせざるを得ないのです。そうでなく、上司に求められるのは、まずは自然体でいることです。作り笑顔をやめること。全身でいつもの自分らしくくつろいでいることが大事です。

 その空気が相手にこう語りかけるのです。
「僕はこんなに普段通りだよ。君だって自然体でいいんだよ。お互いに無理して“いい人”ぶるのはやめようぜ。僕も君も、所詮は普通の人間じゃないか」
 この姿勢こそが、質の高い「傾聴」の土台となります。そして、上司と部下が自然体で「本音」を語り合うことができるようになるのです。

“いい上司”を演じていると、相手も心を開きません。まずは聴き手が「自然体」になって、いつもの自分らしくくつろぐことが大切です。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。