手錠と日本紙幣写真はイメージです Photo:PIXTA

被害総額60億円と言われている広域特殊詐欺事件、通称「ルフィ」事件。実行犯のひとりで、漫画『ONE PIECE』になぞらえて「ナミ」と揶揄された寺島春奈容疑者は、いったいどのような人生をなぞって犯罪者になったのか。実行犯たちの素顔に迫ったルポルタージュ『「ルフィ」の子どもたち』(扶桑社新書)より一部を抜粋・編集し、その生い立ちを明らかにしたい。(全2回/1回目)

「2人のナミ」への
好奇の眼差し

 ルフィグループの幹部とされる今村磨人容疑者らが日本に強制送還されて3カ月半が経った2023年5月24日、グループの残党ともいえるべき4人が、成田空港に降り立った。

 フィリピンで「かけ子」をしていた寺島春奈(28歳)、熊井ひとみ(25歳)、藤田海里(24歳)、そして佐藤翔平(32歳)だった。今村ら幹部の帰国時と同様、この日も成田空港の到着ロビーには多くのカメラが待ち構えていた。そして屈強な捜査員に囲まれた4人が到着ロビーに姿を現すと、一斉にフラッシュが焚かれ、居合わせた旅行者は何事かと足を止めた。重大事件の容疑者移送そのものだった。

 しかし、今村らのときと決定的に異なるものがあった。それは世論の反応、とりわけネット上での反応だった。狛江事件(注:2023年1月に東京都狛江市の90歳女性が死亡した事件。ルフィが関与した一連の事件で唯一の死者が出たもの)が発生、「ルフィ」を名乗る容疑者グループの関与が浮上し、その背後には多くの若者が「闇バイト」に応募、いとも簡単に犯罪に手を染めていたという、一連の事件の構図には、SNSを中心にネット界では厳しい論調が目立っていた。

 ところがこの日は違った。「2人のナミが逮捕された!」などの揶揄ともブラックユーモアともつかぬ書き込みでネットは湧いたのだった。

「ナミ」とはルフィを主人公とする漫画『ОNE PIECE』で第1巻から登場する、カネに目ざとく、かつセクシーに描かれた人気者。そして何よりも可愛いキャラクターだ。SNS上では寺島、熊井という女容疑者2人を「ナミ」に見立てて、さまざまなコメントが書き込まれた。

 2人の「ナミ」の容姿がどうかは別として、筆者自身も寺島、熊井のマグショット(=拘束後に撮影される写真)が公開されると、それ以前に逮捕された容疑者たちとは違う雰囲気に違和感を抱いた。アングラ世界で生きる人間に特有の「翳り」を感じなかったのだ。

 それと同時に、メディアによる取材合戦が始まることを覚悟した。女性で、どちらかといえば整った容姿の容疑者をメディアはほっておかない。

 筆者は真っ先に過去の新聞記事を洗った。彼女たちがどういう半生を送り、いかにしてフィリピンでルフィの手下となったのか。それを明らかにするには生家周辺の取材が一番だと直感的に感じたからだ。学生時代に小さな記事にでも取り上げられていたら、その周辺に生家のあることが推測できる。調べを進めると、すぐに寺島と年齢が合致する「寺島春奈」に関する記事が見つかった。