某全国紙の地方欄に
あった女の名前

 某全国紙の長野県版に「寺島春奈」の文字を発見した。それはソフトテニスの試合結果だったが、中学校名と氏名が載っていた。同年齢で別人の「寺島春奈」の可能性もあるので、筆者は古い電話帳や当該学区の地図などを駆使し、記事の主の自宅電話番号を探し当てて架電した。経験上、こうしたときの「当たり」の可能性は50%だ。

「はい.……」

 消え入りそうな女性の声が聞こえた。もし当該宅であれば寺島の母親だろうか。身分を明かし、できるだけ丁寧に事情を説明した。すると電話口の相手は少し怒気を含んだ声で吐き捨てる。

「別人です。娘とは今も連絡を取り合っていますから!」

 一方的に電話は切られた。「フィフティ=フィフティの賭け」に負けたかと思いつつ、その女性の過剰な反応には違和感を拭い去れなかった。

 同姓同名の別人宅にこうした取材電話をかけたとき圧倒的に多い反応は、驚きの声をあげつつも「人違い」であることを丁寧に説明してくれることがほとんどだ。確認を取らずに記事にすることなど絶対にあり得ないが、電話を受けたほうからすれば、人違いで記事にされたらたまったものではない。ただ、否定されたからには、これ以上この家の「寺島春奈」への深掘りは続けられない。

 結局、その日は収穫がないままに撤退した。しかし、すぐにそれは取材合戦の「緒戦」に大きく出遅れたことを意味することを知る。

 翌日以降、各メディアは筆者の当初の見立てどおり、帰国した4人、とりわけ寺島、熊井の「2人の女容疑者」を大きく取り上げていた。

 その中で、ワイドショーのテレビリポーターが発した言葉に釘付けになった。

「寺島容疑者は長野市内で育ち……」

 さらには、寺島の同級生とされる人物がインタビューに応じていた。

「中学時代はソフトテニス部に所属していて明るい印象でした。逮捕されたなんて信じられない」などと神妙に語っている。それを眺めながら顔を覆った。筆者が架電した家は、寺島春奈容疑者の実家に間違いなかった。

 慌てて電話をかけ直すが、今度は留守番電話に切り替わる。何度電話をしても機械的な留守電の音声が虚しく響くだけだった。

 まんまとだまされた。そうなると筆者に残された選択肢は直接現場に向かうことしかない。実家周辺はすでに押し寄せたマスコミによる取材に疲弊し、殺伐としていることだろう。後手を踏んだメディアに口を開く者は少ない。