初のインド系出身の首相として2022年に就任したスナク首相は、インド資本の傘下で生産されるレンジローバーを公用車としているが、イギリスのEU(欧州連合)離脱とコロナ禍に伴う部品供給の見通し悪化に伴い、初めて「イギリス車」が公用車から外され、近くアウディA8にバトンタッチすると発表されている。

ベンツの指定席を変えた
VW出身のシュレーダー首相

 日本と共に敗戦国として戦後を迎えた(西)ドイツであるが、戦前はベンツ、ポルシェ、アウトウニオン(現:アウディ)が世界選手権で輝かしい戦歴を残しており、自動車産業の水準は日本の比ではなかった。

 初代首相のコンラート・アデナウアーは、メルセデス・ベンツ300(通称アデナウアー)を長く公用車として愛用した。実車は、西独の首都だったボンの連邦博物館に展示されている。

 ベンツは歴代首相が公用車で最も乗り継いだブランドであり、歴代Sクラスが90年代終盤まで活躍した。

 伝統が崩れたのは、ゲアハルト・シュレーダー政権期である。彼は社民党らしく、あるいは元VW取締役としての立場からフォルクスワーゲン・フェートンを公用車に選んだ。

 フェートンは傘下のアウディの最上級モデルA8の兄弟車だが、A8とは正反対に市場で全く人気がなく、実車にお目にかかるほぼ唯一の機会となった。

 車を輸出するトップセールスには失敗したが、シュレーダーはアウディA8も公用車とし、VWグループの宣伝に努めた。「自動車産業全体を盛り上げる」という気遣いだったのか、シュレーダーはBMW7シリーズも採用した。

書影『自動車の世界史』『自動車の世界史』(中央公論新社)
鈴木 均 著

 後任のメルケル首相は伝統に回帰し、就任以来、手堅くベンツSクラスを愛用し続けた。ベンツの最上級版マイバッハを公用車に採用しないのは、トップセールスや見栄よりも、単一通貨ユーロを支える盟主として、国家財政を優先するためであろう。

 節約の度が過ぎたのか、政府専用機は近年故障続きで、外交実務に支障をきたしている。

 なお、自国産の自動車がない国の首脳、その在外公館、および国際機関では、ベンツやBMWのシェアが圧倒的である。

 今後、レクサスをはじめとする日本勢がどこまで食い込めるのか注目したい。ハイブリッド、EVや水素への転換はチャンスであろう。